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世界が終わるまで11

胃痙攣を起こして倒れた病人を襲うのはどうかと思う。
ベッドに這い上がろうとする川田を押し留め「落ち着け!」と叫ぶ。
病人を残して、保健医は一体どこに消えたんだ!
一見おっとりとして、いかにもお人好しげに見える保健医だが、なにかと言うと
病人に留守番を押し付けてどこかへ消える、あのいい加減野郎。
どうせ今も内科医を呼んで来るとかなんとか、川田に後を任せてコレ幸いと、
ホイホイ出掛けて行ったに違いない。サボリ魔めっ。

「落ち着いて説明しろっ」

不満気に唇を尖らせた川田は、ベッドに腰掛けると俺の頭を抱き込むようにした。
ああ、まただ。
ゆっくりと響く胸の鼓動と36度の体温に、すっぽりと包まれたことを意識する。
半ば強引に川田に向かって捻られた上半身が軋んだが、顔を覗き込まれるよりマシだ。
「おまえが理由だ」などと言われて、ポーカーフェイスでいられる自信などなかった。
ふざけるな……ふざけるんじゃないっ。
そんな理由が信じられるとでも思っているのか。

「おまえさ、俺が死と背中合わせの仕事に就きたがるって言ったけどよ、俺が死ぬと思うか。
 死なないって。俺は絶対に死なない。死ぬはずがねぇだろ」

この馬鹿は、どこまでも馬鹿だな。
だから人間は自転車に轢かれても死ぬこともあるのだと言うのに。
一度、幼稚園児の暴走三輪車にでも撥ね飛ばされてみたら良いのだ。


警察は予測していたかもしれないが、地下鉄で亡くなった被害者達は、あの日、
自分の命がここで潰えることなど、誰も知らなかったのだ。
あの日、飛行機が落ちることなど、誰が知っていたというのだ。
……人は死ぬ。
天寿を全うした末であろうが、不慮の事故によるものであろうが、死は死だ。
ゴキブリよりもしぶとそうに見えても、川田とて不死身のわけがない。
それが分からぬ川田ではないはずなのにっ。

「阿世賀先生の事故を忘れたわけじゃないだろう! なんでおまえはいつもそうなんだ!
 いくら野獣だからってな、死ぬ時は死ぬんだよっ。それともなにか、おまえはゾンビか!」

顔が見えないのを良いことに言いたい放題の俺の頭をかき抱き、川田が喉の奥で低く笑う。
俺の耳はさぞかし赤くなっていることだろう。

「俺が死んだら、おまえ泣くだろう。そしたら誰が抱き締めて慰めてやるんだ。
 そんな大役を果たせるのは俺しかいねぇだろうが。だから死なないんだよ、絶対にな」
 
川田の言う通りだ。
ある日突然、美香子さんを失った川田や親父さんの哀しみと怒りは、阿世賀先生を亡くし、
今また川田を失うかもしれないと思うと乱れる俺の感情と合致する。
阿世賀さんを亡くした時、こいつがいてくれたから俺は泣くことができた。
なのに、こうして憎まれ口を叩き合う喜びを取り上げられたら、俺は抜け殻になってしまう。
戻ることも進むこともできずに、そこで永久に立ち止まってしまうだろう。
だからこそ、SATや自衛隊だのを選ぼうとする川田は許せない。
どこへも行くなとは言わないが、せめて安全が確認できるところにいて欲しいと思うのだ。


だが、言って「分かった」と素直に聞くような男ではない。
こうと決めたら梃子でも動かないだろう。
それが分かっていながら縋りつく真似など、みっともなくてできるものか。
そのジレンマがツワリを引き起こした。
川田に縛り付けられているとばかり思っていた俺が、実は川田を俺に縛り付けて
いることに気づいたせいだ。
気づいてしまえば事は簡単だ。俺に覚悟があれば良い。
解放してやると決めたのだ。どこへでも好きなところへ行けばいい。
ただ、行けよと笑って言えるだけの、納得できるだけの理由が欲しかった。
そう思うことすら、もしかすると俺の我がままなのだろうか。
黙り込んだ俺を見て、川田の手がガシガシと俺の髪を引っ掻き回した。

「子供地味たことなどするなっ」
「バカ、いい加減気づけよな」

気づいているさ。
おまえは突拍子もなくデカすぎて、俺じゃ満たしてやることもできない。
阿世賀先生を失って壊れかけていたあの頃とは違う。
阿世賀先生の記憶も、川田の記憶も、全ては俺の中で夢見る胎児となって残るだろう。
だから、こいつは世界に放してやるのだ。

「もう守ることすらできなかったガキの頃とは違う。何もできない子供じゃないんだ。
 自分の意思でできることがあるってのは良いもんだよな。ただ無性に守りてぇんだ。
 その手段がSATだと思った。公安には親父が幅を利かせてるからな。同じテリ
 トリーで張り合うのは真っ平ごめんだ。だからSATだったんだけどな、
 自衛隊って選択肢もあることは漠然と思ってはいたよ」 

それが理由なのだな。俺をではなく、国を、全てを守りたいのだろう。

「最初から素直にそう言えば良いものを、おまえは回りくどく……」

川田の唇が言葉を塞いだ。
条件反射で一瞬絡み合った舌を離して、川田が笑いかける。

「なぁ、ハル。なんでだろうな、この国を守るってぇのは、俺にとっておまえを
 守るのと一緒なんだ。おまえが生きる国だから愛おしい。日本てのは、
海があって山があってさ、川が流れて、なんかこう綺麗な国だろ。おまえ、桜、好きだよな。
 どっかのバカな国が日本でドンパチ始めたら、俺がすぐに止めさせてやる。
 毎日、おまえが仏頂面して書類を睨み疲れた後、桜の花見て笑えるようにしてやるよ。
 阿世賀さんの代わりに俺が守る。そう決めたんだ」

バ……バカがっ。なにを言い出すのだ、こいつは!
そもそも毎日花見などできるものか。桜は四月の一時期しか咲かないのだぞ!
あまりのバカさ加減に涙が出て来る。
おまえが、とてつもなくバカだからいけないのだ。
あまりにもデカすぎるから悪いのだ。

「バカ、泣くんじゃねぇよ。照れるだろが」

川田の腕に力が籠もる。
36度の体温が、胎児のように背中を丸めた俺を包み込んだ。

続く

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