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「黙って聞け。守られることに異存はない。だが、ただ守られているのは我慢がならない。
 俺は俺の都合で警察庁のトップを目指すぞ」
「んなこと言っちゃって、おまえ、やっぱり俺と一緒に……」
「勘違いをするな。俺はSATなど真っ平御免だ。おまえとは違う」
「あ〜、そりゃ俺とおまえは別人だけどよ」
「それで良いのだろう? これ以上、俺に自分を説明させるな」

他人に自分を説明する瞬間ほど、恥ずかしいものはない。
俺に川田を理解できない部分があるように、川田が俺の全てを理解することはできない。
なにもかも分かったふりなどできはしないし、川田にもして欲しくはない。
ましてや一心同体を振りかざす気も全くないし、今後も互いに要求し合うことはないだろう。
だが、同じ一本の道の上を歩むことが不可能でも、並走することくらいはできる。


川田が俺のために世界を丸ごと守りたいと言うのならば、やらせてやる。
その代わりと言うわけでもないが、こいつのためにできることをしてやろう。
世界一安全な国と謳われた日本も最近では怪しいものだ。
いつ頭上をパトリオットミサイルが飛び交っても、おかしくない状況になっている。
世界情勢全体が危うい今、今後は国際テロ組織の日本潜入も頻繁に起こり得る可能性が高い。
海外テロに触発され、国内テロも活発化する恐れもある。
そんな中で川田が先陣を切って働くと言っているのだ。
俺ができることは、川田の仕事の邪魔になるものを可能な限り排除すること。
何年掛かってでも、川田が存分に腕をふるえる環境を作ってやる。
そう決めたのだ。

「なんか妙だな。国相手に悪徳弁護士やってやるって、あんなに言ってたのによ。
 けど、説明する気はないんだよな。ふーん」
「なんだ、どこへでも好きなところへ行けと言われて嬉しくないのか」
「そりゃハルのお許しが出たんだから、嬉しいに決まってるだろうが。大手を振って
 行けるもんな。おう、行くぜ。五年後には警視庁SATでバリバリやってやる」

弁護士になろうが、警察に行こうが、頭脳勝負に大差はない。
現役SAT隊員は体力気力共に充実した若手独身男性に限られるらしい。
もっとも調べようにも警視庁のガードは固く、SATに関する情報はマスコミが流した
毒にも薬にもならない程度のものばかりだ。
本当のところは実際に入省してみなければ分からない。
いいだろう。せいぜい川田が現場で走り回っている間に、じっくりと基盤を固めてやるさ。
川田がSATで中隊長に上り詰める頃には、俺は管理官で幕僚入りというのも悪くない
などと内心でうそぶいてみる。

「あんだよ。ニヤニヤ笑いやがって気味が悪いぜ」
「いや、将来の展望が見えたなと思ってな」

どことなく明るい未来に燃える高校生らしい会話などをしながら、目指す実験棟に
近づいた時だった。
ズドンと腹に響く鈍い音と共に、派手にガラスの割れる音がし、一瞬顔を見合わせた
俺達は、連続して鳴り続ける音に向かって走り出した。


実験棟の入り口から、五、六人の白衣を着た生徒達が白煙に追われるように飛び出して来る。
転がるように地面に這いつくばった一人を抱き起こすと、煤けた顔が目に入った。

「しっかりしろ! どうしたっ。なにがあったんだ」
「し、試作の……花火が……」

煙を吸い込んだのか、どの生徒も激しく咳き込んでいる。
この音、この匂い……鴫原先生、やってくれたな。

「あちゃ〜、夜空に咲かせる前に爆発させやがったのか」

一階の割れた窓から白煙が猛然と上がっていた。
幸い今のところ火の気はないようだが、火気取り扱い注意の貼り紙だらけの実験棟では、
なにが起こるか分からない。

「火は、火は出たのか! おい、どうなんだ」
「わ、分からな……とにかく外へ出ろって鴫原先生が……」
「もしもの時はスプリングクーラーが作動するはずだが……おい、川田! なにをしているっ」

気づいた時には、水場で頭から水を被った川田が、建屋に飛び込もうとしているところだった。
濡れて張り付いたシャツの下に、この状況下で緊張させているらしい筋肉が浮かんでいる。
ガタイの良い身体が倍に膨れ上がったかのようだった。
まるで警戒心を剥き出しに逆毛を立てている美しい山猫のようだと、一瞬見とれて
しまった俺は振り向きざまに不敵な笑みを見せた川田にハッとさせられた。

「なにって、ちょっくら中の様子を見てくらぁ」
「バカなことはよせ! 消防が来るまで待つんだ!」
「まだ中に鴫原がいる。バカなことじゃねぇだろ」

傍目に分かるほど緊張感を漲らせ、危険と対峙した際にのみ見せる野生の輝きを全身から
放ち、うっかり触れば火花が散りそうだ。
川田のこの性格は、いい加減諦めなければいけないと思いながら、諦めきれない
ジレンマにまた身を焼かれそうだった。
鴫原先生が作った花火だ。まさか殺傷力がある代物とは思えないが、もしものこともある。
この爆発の衝撃で、揮発性の薬品に引火でもしたら……ゾッとした。
冗談ではなく、俺の顔色は変わっていただろう。

「やめろっ。行くんじゃない!」
「バーカ、言っただろう。俺は死なねぇよ」
「おまえは武田なんちゃらかっ! 笑えん冗談はよせっ。川田っ!」

だが、「すぐに戻る」と言い残した男は、未だ白煙を噴出し続ける建屋へとその姿を消した。

続く

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