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川田の溜息を背中で聞きながら、持ち帰った学園祭に関する書類のチェックを続ける。
今年、櫻井が会長職を務める生徒会で、俺は生徒会議長を勤めており、川田までもが
柄にもなく学年生徒会の三学年長を引き受けていた。
生徒会などには縁がなさそうな川田が関わっているのは、俺の精神状態が二年の終わり
頃まで不安定だったせいだろう。要するに傍で見張られていたのだ。
それと気づくまで半年ばかり掛かったが、不思議と腹は立たなかった。
元々川田とは行動を共にすることが多かったせいか、傍にいて当然と思っていた
こともある。
だが、阿世賀先生を亡くした後に剣道部を去った俺だったが、川田を手放すこと
だけはできなかったのだ。そして川田も俺を放そうとはしなかった。
それを良いことに曖昧な関係が続いていたが、己の業の深さに気づいてしまった今、
いずれ白黒はっきりさせなければならないだろう。
不透明な将来を思い、そっと溜息を吐いた俺は書類に視線を戻した。


法的にヤバイと思われる危険イベント案を、大真面目に提出して来るクラブは相当数に上る。
頭が良いのか悪いのか、それとも生徒議会を試しているつもりなのか。
国公立大学進学率80%を誇る城西と言えども、この学校は紙一重の場所にいる奴が
多すぎる。
教師、生徒共にマッドサイエンス野郎がひしめき合う校内を野放しにすれば、
実験棟の一つや二つ、あっと言う間に吹き飛んでいるだろう。
一回でも成功させればAO推薦合格は手堅いだけに、毎年一、二年による先走った
危険なイベント案がなくなることはないが、毎年似たような企画を持ち込むあたり
独創性に欠け、呆れるばかりだ。

「それとも指導教員の趣味なのか」
「あ、なにがだ。手作り打上げ花火? またコレかよ。保健医も懲りねぇなぁ。
 去年もボツったんだよな、確か」

化学部のコレは、常識から言ってボツの書類の山に入れるべきものだ。
保健医のくせに部活顧問を買って出る鴫原先生の飽くなき探究心は賞賛に値するが、
あれほど消防法に引っ掛かると、助言を続けている我々を一体何だと思っているのか。
先日も、学内イベントで打ち上げられる、いわゆるポカと呼ばれる音と白煙だけの
花火を盗み出し、解体していたことがバレ、校長からコッテリ絞られたはずだが、
この企画書を見る限りでは、全く動じていないらしい。
校長と鴫原先生は縁続きだという噂があるが、それにしても甘い。甘すぎる。

「もしも10年後に保健医が消防法でしょっ引かれるとしたら、おまえはパクる側なのか? 
 それとも弁護する側になるのか? どっちだ」
「いい加減にしろ。今から気にして何になる。そんな先のことは分からん」
「そうかぁ、今から考えておいた方が良いんじゃねぇか。こいつはヤバイぞ。今年の
 保健医はやる気十分と見た。花火は完成しちまったみたいだな」
「なにっ」

川田の手から企画書を引ったくった俺は、書類の下の方に申し訳程度に小さく
「試作品開発済み。打上げさせてね」と書いてあるのを見つけ目を剥いた。

「すぐに廃棄処分させるっ」

いくら医者とは言え、花火製造にはド素人の鴫原先生が、火気危険物取り扱い免許もなく、
勝手に打上げ花火を作ったなどと言うことが外部に漏れれば、ただでは済まなくなる。
のほほんとした鴫原先生に悪気はないとは言え、化学活動に関しては叩けば際限なく
怪しげな埃が出る身体だ。
下手をすれば公安にマークされても文句は言えない。

「絶対に持ち出させるな。実験棟内で処理する」
「一回くらい、どこかで打上げさせてやりてぇけどなぁ、しゃーねぇか」
「櫻井に連絡している暇はないな。付き合え、川田」

共に実験棟に向かう男の横顔は嬉々としている。
鴫原先生印の怪しげな花火……というよりも爆発物が、どのような形態の物かも
分からないうちから、既にこの状況を楽しんでいる様子が伺えた。
平凡な俺の毎日に注がれる、適度なストレスと過剰すぎる刺激の元凶。
世界を丸ごと、俺のために守ると公言して憚らないキザな大バカ野郎の顔には、これから
爆弾処理に向かうというのに、緊張感も義務感も見当たらない。

「少しは緊張したらどうだ。どんな代物かも分からないのだぞ」
「大丈夫だって。作った本人に処分させりゃ良いんだからよ」

ふと、何故、俺はこんなことに首を突っ込んでいるのだろうと不思議な気分になった。
思うようにならない自分と他人の狭間で、諦めにも似た平凡で退屈な日々に甘んじて
いた一年前ならば、他人が爆発物を作ろうが、どこで爆発させようが、俺には関係のない
出来事だった。
「ああ、またバカがバカをやっている」と高みの見物を決め込んでいただろう。
わざわざ自らの手で廃棄処分に向かうなど、自分のやっていることが未だに信じられない。


あれから腫れ物に触ると言った周りの反応のお陰で、未だにツルむという行為には
慣れないが、他の誰かといる時よりも川田と一緒の時だけは、自分は一人ではない
のだと実感できる。
元々人に自分を説明するくらいならば、分からないままでいてくれた方が面倒がないと
思った来た。それはバカ殿を演じていた頃から変わらない。
他人が俺をどう思おうが、そいつの勝手だ。
誰かに理解して貰いたい、そのために努力しようなどとは思ったこともない。
川田が現れるまでは……


いや、もしかすると川田に理解して欲しいと思ったこともなかったかもしれない。
そう思う前に、川田はいとも簡単にスルリと俺の中に入り込んでいたのだから。
共にいることがあまりにも自然すぎて、何かを欲することさえも忘れていたのだ。
隣を歩く脳天気な男の横顔を伺いながら、今、はじめて心から川田を欲しいと感じていた。


一般規格から十分はみ出した川田は、俺の手に負えるとは思えないし、敢えて危険と
隣り合わせに生きる道を選ぶなど、やはり俺には理解できない。
だから、臆面もなく「おまえがいる世界だから守りたい」などという恥ずかしい言葉で
俺を縛りつけ、そのくせ離れて行こうとする男など、こっちから世界に放り出して
やろうと思ったはずだった。
言葉は形に残らない。口にした傍から消えてなくなる言葉など、なんの約束になるだろう。
どこかで繋がっているのだと実感できるならば、一瞬で消えてしまう言葉などいらない。
結局、川田を信じることだけが残された道なのだ。

「川田、二度は言わないから良く聞けよ」
「な、なんだよ、急に。怖ぇな」
「世界ごと俺を守りたいと言うのなら、守らせてやる。SATにでも入って存分に働け」
「おいおい、随分と偉そうじゃねぇか。どうしたんだ」

こんな奴でも、俺の口から「SATに行け」と言われれば嬉しいのだろう。
まるで許しを得た犬が餌に喰らいつかんばかりな顔になったのを見て、つい頬が緩み
そうになり、慌てて引き締めなければならなかった。

続く

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