category:雑記
昨日の雨の絞り滓みたいな雲が空一面を覆う中、たまに照りつけるお日様が熱い。
打って変わって春も終りだな~と実感する陽気。
台風みたいな大雨の後のせいか、雲の流れが速く、吹き付ける風は爽やかだ。
午後から生協が来るけれど、夕方から飲み会だけれど、午前中のうちに買い物してきちゃおうと思い立ち、イソイソとお出かけ。
が、いきなりバスの時刻を間違えると言うチョンボをやらかす。
15分も早くバス停に着いてしまい、時間を持て余したワタクシは「歩くか」と言う気分になり、日曜日と月曜日に歩き回って水ぶくれが出来たことなどスッカリ忘れて、山を徒歩で降り始めた。
道々バス停で時間を確認しながら、ちょうどイイ時間までと歩いていたら、15分ほどで山を降り切ってしまった。バスに追い抜かれないように、せかせか早足で歩いたからね。バス停を5つ通り過ぎたことになる。お陰で汗ビッショリ。うむ、健康的。今日の運動はこれで終りじゃ。
途中、大きな交差点で信号待ちしていたら、角の墓石屋でパートしている友人が店から出てきて、交差点の向こう側から「実家に行くの?」と大声で尋ねてきた。
実家じゃなくて買い物なのだが、なんだかそう言いにくい。
ワタクシは週の半分をボケた両親がいる実家に通う孝行娘で、自分も更年期でシンドイだろうに良くやってるわ、と言うことになっているらしく、普段から「大変だねえ」「えらいねえ」「これ食べなさい、飲みなさい」と友人達にやたら労われているのだ。
「うん」
あ、嘘ついちゃったよ(^^;
「今日はいつものメンバーだよ。4人だよ!」と叫びながら手を振る友人に、心の中で「許せー、秘蔵のワインとチーズ、それにパスタ茹でて持って行くから~!」と手を合わせた。
ちっとも孝行娘じゃないのに、友人達の期待に応えようとしてしまった自分が怖いのう(^^;
楽譜のお話。
海外では同じ作曲家の同じ曲なのに内容が微妙に違う楽譜が、幾つもの出版社から出ていることがある。
大雑把に言ってしまえば、そーゆーのを「版が違う」と言うのね。
日本で製造販売される楽譜は、どれも紙質が良く、音符が大きめで、段が広く見やすく出来ていて、とっても親切設計なのだけれど、売っているのは邦人曲ばかり。国外作曲家の楽譜は、著作権の関係なのか、日本ではあまり出版されない。
なので、国外作曲家ものをやろうと思ったら、ほとんどが海外からの取り寄せになってしまう。
今ワタクシが使っているある楽譜は、Bサイズにしては小さい縦長の変形版で、いかにも舶来品ってなお洒落な装丁なのだけれど、非常に見づらく実用的じゃないのよ。
手元用メガネをもってしてもイラっと来るもので、Aサイズに拡大コピーして使っているくらい。
別の出版社のものはどーなんだろ、取り寄せてみるかと言う気になったものの、楽譜ばかりは実際に見てみないと分からないのがねえ。
アメリカのR出版は1450円。ドイツのB出版は1600円。ワタクシの手元にあるのはアメリカのG出版のもので、10年ほど前に1250円ほどで買った覚えがある。
出版社が違うと値段まで違うと言う(^^;
相手は海外なので、「中身どんな?見せて」と言うわけにも行かず、どんな装丁なのかを確認できずにこれを買うのは大博打だよ。
迷った末に2冊とも購入してみることにした。大博打のうえに太っ腹(^^;
3冊あれば、1冊くらいはワタクシの好みに合った楽譜があるだろう、うん。
あとは有閑マダム仲間に見せて、好きな出版社を選んでもらい、それをまとめて注文しようかなと。
3冊あっても1冊しか使わないのだから、2500円ほどの無駄になるわけだけど、流通システムがシステムなもので、もうしょーがない。
そのうち誰か欲しい人が出てきたら売りつけよう。
ああ、外人作曲家の楽譜も日本でも出版できればいいのに。
明日は「夢見るお年頃2」更新します、多分。
打って変わって春も終りだな~と実感する陽気。
台風みたいな大雨の後のせいか、雲の流れが速く、吹き付ける風は爽やかだ。
午後から生協が来るけれど、夕方から飲み会だけれど、午前中のうちに買い物してきちゃおうと思い立ち、イソイソとお出かけ。
が、いきなりバスの時刻を間違えると言うチョンボをやらかす。
15分も早くバス停に着いてしまい、時間を持て余したワタクシは「歩くか」と言う気分になり、日曜日と月曜日に歩き回って水ぶくれが出来たことなどスッカリ忘れて、山を徒歩で降り始めた。
道々バス停で時間を確認しながら、ちょうどイイ時間までと歩いていたら、15分ほどで山を降り切ってしまった。バスに追い抜かれないように、せかせか早足で歩いたからね。バス停を5つ通り過ぎたことになる。お陰で汗ビッショリ。うむ、健康的。今日の運動はこれで終りじゃ。
途中、大きな交差点で信号待ちしていたら、角の墓石屋でパートしている友人が店から出てきて、交差点の向こう側から「実家に行くの?」と大声で尋ねてきた。
実家じゃなくて買い物なのだが、なんだかそう言いにくい。
ワタクシは週の半分をボケた両親がいる実家に通う孝行娘で、自分も更年期でシンドイだろうに良くやってるわ、と言うことになっているらしく、普段から「大変だねえ」「えらいねえ」「これ食べなさい、飲みなさい」と友人達にやたら労われているのだ。
「うん」
あ、嘘ついちゃったよ(^^;
「今日はいつものメンバーだよ。4人だよ!」と叫びながら手を振る友人に、心の中で「許せー、秘蔵のワインとチーズ、それにパスタ茹でて持って行くから~!」と手を合わせた。
ちっとも孝行娘じゃないのに、友人達の期待に応えようとしてしまった自分が怖いのう(^^;
楽譜のお話。
海外では同じ作曲家の同じ曲なのに内容が微妙に違う楽譜が、幾つもの出版社から出ていることがある。
大雑把に言ってしまえば、そーゆーのを「版が違う」と言うのね。
日本で製造販売される楽譜は、どれも紙質が良く、音符が大きめで、段が広く見やすく出来ていて、とっても親切設計なのだけれど、売っているのは邦人曲ばかり。国外作曲家の楽譜は、著作権の関係なのか、日本ではあまり出版されない。
なので、国外作曲家ものをやろうと思ったら、ほとんどが海外からの取り寄せになってしまう。
今ワタクシが使っているある楽譜は、Bサイズにしては小さい縦長の変形版で、いかにも舶来品ってなお洒落な装丁なのだけれど、非常に見づらく実用的じゃないのよ。
手元用メガネをもってしてもイラっと来るもので、Aサイズに拡大コピーして使っているくらい。
別の出版社のものはどーなんだろ、取り寄せてみるかと言う気になったものの、楽譜ばかりは実際に見てみないと分からないのがねえ。
アメリカのR出版は1450円。ドイツのB出版は1600円。ワタクシの手元にあるのはアメリカのG出版のもので、10年ほど前に1250円ほどで買った覚えがある。
出版社が違うと値段まで違うと言う(^^;
相手は海外なので、「中身どんな?見せて」と言うわけにも行かず、どんな装丁なのかを確認できずにこれを買うのは大博打だよ。
迷った末に2冊とも購入してみることにした。大博打のうえに太っ腹(^^;
3冊あれば、1冊くらいはワタクシの好みに合った楽譜があるだろう、うん。
あとは有閑マダム仲間に見せて、好きな出版社を選んでもらい、それをまとめて注文しようかなと。
3冊あっても1冊しか使わないのだから、2500円ほどの無駄になるわけだけど、流通システムがシステムなもので、もうしょーがない。
そのうち誰か欲しい人が出てきたら売りつけよう。
ああ、外人作曲家の楽譜も日本でも出版できればいいのに。
明日は「夢見るお年頃2」更新します、多分。
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category:雑記
今日は雨。それも大雨。
我が家の裏手に走る高速道路では、朝っぱらから救急車だかパトカーだかが忙しくサイレンを鳴らして走り回ってます。
この大雨のせいで事故ったのかしら。
それにしても良く降ること。これで残っていた桜は、きっと全て流れてしまうわね。
今、ビックリグミの花が満開なのですが、これも落ちちゃいそうな激しい大粒の雨。
もうすぐ5月。初夏の季節と言うのに、冷たい雨です。
さて、この雨ですから、当然のよーにお家にいるワタクシ。
本当ならば今頃は実家に行っている時間ですが、大雨だもんね。寒いもんね。濡れるのイヤだもんね。かったるいもんね(わがまま)
「うち、傘ないから出かけられなーい」と言うことにしとこう、うん。
今日は一日ゆっくりエディタを開いたり、楽譜を広げたりしながら過ごそーと思っていたら、近所の友人からメール着信。
「明日、未亡人宅で飲み会やるぞー。一人一品以上持ち寄り。よろしく」
きゃー、月曜は県庁所在地まで行って帰るだけで精一杯で買い物してないし、昨日は紫音ちゃんと長電話して終わったし、今日は傘がないから出かけられないのに(嘘)、一品以上持ち寄り!
まともな食材あったかしら。
うぬー、てきとーでいいかな。酒の肴になるよーなもんを作って行けばイイか。
最悪、コンビニでデザート買って行くのも有りだわね。
などと考えていたら、今度はアンサンブル関係から不穏な連絡が。いやん。
某事務局からジョイントを持ちかけられたらしいですよ。
おばちゃん体力気力共に減ってるから、あんまり大きなイベントは勘弁して欲しいんだけど、もしかしてウチの我がまま指揮者はヤル気になってる?
えーとえーと、お金ないです、ギャラ払えません、とか言ってもダメ?
だって、例えアッチから持ち込まれた話でも、相手は決してギャラは負けてくれないお堅い事務局なのよ。もう14、5年の長い付き合いなのにさ、けちー!
お陰でチケットノルマがキツイったらないわ。
先日のコンサートの指揮者もソリスト2人も、実はここの事務局所属なのですが、指揮者がソリストにお友達価格でこっそり交渉したのがバレて、「仕事の依頼は事務局を通せ!」とえらい剣幕で怒られて、正規のギャラを搾り取られたばっかりだったりして(^^;
まあ、そりゃ事務局にしたらマージン欲しいわな。
地方都市の関係者の皆さん、お話は甘く魅惑的でも、お金はシビアよ。お気をつけ下さいねー(^^;
それにしてもどーする気だろ。心配です。
「やる?」と聞かれて、「やらない」と答えても、説得されちゃいそうで心配っつーか(^^;
実は4年前にもジョイントしたことがあるのです。
あの時はどーだったっけ?とブログを遡ってみましたら、「こんな機会は一生に一度あるかないか」などと書いており、非常に勉強になったらしいことが記録に残ってました。
レオンは子どもの遠足前日状態になり、前の晩、眠れなかったとか。
あれは二度とないかもと思ったからこその貴重な体験でしたが…
ま、いいや、なんとかなるだろー(お気楽)
ワタクシは変態なのを世間に隠して生きているので、たまーにweb検索で音楽関係の同じ畑らしきお方がブログにいらっしゃると、「し、知り合いじゃなかろうなっ」とビクビクします。
極力固有名詞は避けて通っていますが、分かる人には分かるでしょ。
とゆーか、音楽話は分かる人に分かればイイと思っているので、わざとコアにマニアックにしてます。
(実際、紫音ちゃんに「N響ってナニ?」と聞かれた。うん、それでイイのよ^^;)
だからね、もしもワタクシのすんごい身近にアナタがいて、「あれ、このおばちゃんってもしかして…」と思ったとしても、お願いだから気づかない振りしててねー(^^;
さ、色々と怖い想像はこれくらいにして、エディタを開いてサイト原稿に戻るとします。
5月からは季節労働にも戻らねばいけないので、今のうちに少しだけ踏ん張る!
我が家の裏手に走る高速道路では、朝っぱらから救急車だかパトカーだかが忙しくサイレンを鳴らして走り回ってます。
この大雨のせいで事故ったのかしら。
それにしても良く降ること。これで残っていた桜は、きっと全て流れてしまうわね。
今、ビックリグミの花が満開なのですが、これも落ちちゃいそうな激しい大粒の雨。
もうすぐ5月。初夏の季節と言うのに、冷たい雨です。
さて、この雨ですから、当然のよーにお家にいるワタクシ。
本当ならば今頃は実家に行っている時間ですが、大雨だもんね。寒いもんね。濡れるのイヤだもんね。かったるいもんね(わがまま)
「うち、傘ないから出かけられなーい」と言うことにしとこう、うん。
今日は一日ゆっくりエディタを開いたり、楽譜を広げたりしながら過ごそーと思っていたら、近所の友人からメール着信。
「明日、未亡人宅で飲み会やるぞー。一人一品以上持ち寄り。よろしく」
きゃー、月曜は県庁所在地まで行って帰るだけで精一杯で買い物してないし、昨日は紫音ちゃんと長電話して終わったし、今日は傘がないから出かけられないのに(嘘)、一品以上持ち寄り!
まともな食材あったかしら。
うぬー、てきとーでいいかな。酒の肴になるよーなもんを作って行けばイイか。
最悪、コンビニでデザート買って行くのも有りだわね。
などと考えていたら、今度はアンサンブル関係から不穏な連絡が。いやん。
某事務局からジョイントを持ちかけられたらしいですよ。
おばちゃん体力気力共に減ってるから、あんまり大きなイベントは勘弁して欲しいんだけど、もしかしてウチの我がまま指揮者はヤル気になってる?
えーとえーと、お金ないです、ギャラ払えません、とか言ってもダメ?
だって、例えアッチから持ち込まれた話でも、相手は決してギャラは負けてくれないお堅い事務局なのよ。もう14、5年の長い付き合いなのにさ、けちー!
お陰でチケットノルマがキツイったらないわ。
先日のコンサートの指揮者もソリスト2人も、実はここの事務局所属なのですが、指揮者がソリストにお友達価格でこっそり交渉したのがバレて、「仕事の依頼は事務局を通せ!」とえらい剣幕で怒られて、正規のギャラを搾り取られたばっかりだったりして(^^;
まあ、そりゃ事務局にしたらマージン欲しいわな。
地方都市の関係者の皆さん、お話は甘く魅惑的でも、お金はシビアよ。お気をつけ下さいねー(^^;
それにしてもどーする気だろ。心配です。
「やる?」と聞かれて、「やらない」と答えても、説得されちゃいそうで心配っつーか(^^;
実は4年前にもジョイントしたことがあるのです。
あの時はどーだったっけ?とブログを遡ってみましたら、「こんな機会は一生に一度あるかないか」などと書いており、非常に勉強になったらしいことが記録に残ってました。
レオンは子どもの遠足前日状態になり、前の晩、眠れなかったとか。
あれは二度とないかもと思ったからこその貴重な体験でしたが…
ま、いいや、なんとかなるだろー(お気楽)
ワタクシは変態なのを世間に隠して生きているので、たまーにweb検索で音楽関係の同じ畑らしきお方がブログにいらっしゃると、「し、知り合いじゃなかろうなっ」とビクビクします。
極力固有名詞は避けて通っていますが、分かる人には分かるでしょ。
とゆーか、音楽話は分かる人に分かればイイと思っているので、わざとコアにマニアックにしてます。
(実際、紫音ちゃんに「N響ってナニ?」と聞かれた。うん、それでイイのよ^^;)
だからね、もしもワタクシのすんごい身近にアナタがいて、「あれ、このおばちゃんってもしかして…」と思ったとしても、お願いだから気づかない振りしててねー(^^;
さ、色々と怖い想像はこれくらいにして、エディタを開いてサイト原稿に戻るとします。
5月からは季節労働にも戻らねばいけないので、今のうちに少しだけ踏ん張る!
category:雑記
遂に出来上がってきました。
なにがって、ワタクシのやっすーい化繊の着物ですよ(^^;
先日、古い着物をお店に持ち込んで、仕立て直しが可能かどうか、着物鑑定士さんに見て頂いていたのですが、そこに店員さんが「あびこさーん、できましたよー」
現れたのは化繊のやっすい着物です。正絹と違って手触りゴワゴワ(^^;
練習用だからそれはそれでイイんだけどさー、せっかくイイものを持ち込んで見てもらっていたのに、ナンチャッテを持って来るなーっ。
因みに鑑定士さんは、渋いロマンスグレーでしたのよ。
スラリとした長身に、白いものが多めの髪をサッと後ろに撫で付けて、目尻の皺が優しくて、口ひげが良く似合うイイ男。
ワタクシとそう歳は変わらないと思うけれど、イイ感じに年齢を重ねた男ってのはセクシーだわねえ。
脂ぎった助平オヤジは論外だけど、自分を良く知り、イイ感じに年齢を重ねて来た男は、40、50になっても素敵だと思いません?
今、50代の男がモテルらしいって話し、分かる気がしますよ。
酸いも甘いも噛み分けて、女にも金にも社会的地位にもガッツイてなくて、精神的に余裕があって、時間やお金の使い方がキレイな男はモテルでしょう。
10代、20代の頃は野性味のある男が好きだったけど、その後は粗暴な男はアウトオブ眼中。
なんだろね、品位って言うのかな。優男とかお上品って意味じゃなくて、なんちゅーかこう卑しくない人がスキだなー。
男でも女でも、清々しい人が好きだし、実際に長年付き合っている友人には、そーゆータイプの人が多いです。
学歴なんてなくても構わないのよ。知識とか教養とか、あると思っている人の方が卑しさを感じることもあったりするし。
謙虚な人が好きって言っちゃうと、そーゆーおまえはどうなんだって話しになっちゃうから言えないけどー(^^;
「この人、モテルだろうなあ」とチラリチラリと伺ってしまったのは、別に粉をかけたわけじゃなく、羨ましかったからよ。
男と比べて、女がいい感じに歳を重ねるのは難しい気がするもの。
女は派手なおばちゃんになって行くか、地味なおばちゃんになって行くか、両極端なよーな気がするのね。
いや、派手でもなく地味でもない普通のおばちゃんが圧倒的に多いけどさ。
キレイなおばちゃまになれる人って少ないよね。
それに、どーしても女は年齢と共に素顔を人前で晒せなくなって行くじゃない。
その点、初対面の相手を前にしても、男は素顔勝負。
妙齢の女が鏡に向かえば、「目尻、上がれ!」とアイライナーを握る手に力が入ると言うもの。
ああ、幾つになっても素顔で勝負できる男が羨ましい。
たとえお腹回りが張り出していても「恰幅がいい」とか「貫禄がある」とか、男にはプラス思考のマヤカシ言葉が用意されているじゃないか。
ワタクシに「貫禄あるねえ」なんて言ってごらん。二度と口きいてやらないよ。ぷんぷん。
さて、鑑定してもらった着物は2枚。
1枚は小豆色の色無地。以前、実家からかっぱらってきたよーと画像を掲載した、母のアレです。
コレがなんと、ビックリなことに染め師さん泣かせの高級織りだそうで、鑑定士さん「いい物ですよ」と大絶賛。
だがしかし、なのね。
なんせ大昔の着物なので、元々の反物の幅が狭く、仕立て直すには縫い代があまりにも少ないのだそうですよ。
このまましまっておくには裏地が変色していて、それがいずれ表に響きそうで、そうなったら勿体無いしで、うーんうーんと迷った末に、解いて洗って巻きにしてもらうことに。
「手触りが変化してしまうので、普通の着物のように薄紙を間に挟んだりせずに、そっとそのまま大事に保管して下さい。保管に困っても絶対に捨てないで下さいね」と念を押されてしまいました。
そうかー、そんなにイイものだったのかー。それじゃ発表会用のドレスに作り直してもいいかも。むふふふ。
そう言ったら夫が「自分で縫えば安上がり」だって。
ロングドレスなんて縫ったことないっちゅーの!
それに綿ならともかく絹だよ?失敗したら、それこそ勿体無いっちゅーの!
もう1枚は紬なのですが、鑑定士さんも「大島、じゃないなあ。結城、かなあ?」と首を傾げていた、出自が良く分からないシロモノ。
実は50年ほどしまいっぱなしの上に、一度も袖を通したことのない着物なのですが、糊がしっかり利いてるわりにカビもなく、虫食いもなく、驚異的にイイ保存状態。
「うーむ、これはピレ×ラエースのお陰としか思えんわ」
「今、売ってないでしょう。ソレ使ってアメリカで子どもが爆弾作っちゃいましたからねぇ」
そうなの?
爆弾の原料の残り香に守られていたのか、紬!
保存状態はOKですが、やっぱり合わせが足りなくてねー。このままじゃ着られないのよ。とほほ。
こちらも反物の幅が狭くて、どうにか身幅は出せても、おはしょり分や裄が出ない(胴回りのみならず、ワタシャ腕もビヨーンと長いのよ)と言うことで、生地を足して仕立て直すことにしました。
昔着ていた浴衣も身体に合わないので、やっすい生地を海外ミシン縫製にしてもらって、襦袢も一番安い生地と縫製で作り、なんだーかんだーと結構な出費でしたが、これでようやく一揃いです。
ワタクシばっかり着られる着物が増えて行くってのもナンだなーと思い、夫に聞いてみましたよ。
「あのさー、ワタクシが着付け覚えたら、君も浴衣作って着るかね?」
「うん!」
一瞬の迷いもなく即答する夫に感心したよ。
実家の父の紬を解いて仕立て直そうかなーと思ったね。
中年夫婦が浴衣で夕涼みってのも、なかなかイイんでないかい?
見学に行った着付け教室では、かなり年配の奥様もいらして、ちょっと安心しました。
ワタクシは浴衣、襦袢が仕上がってからになるので、多分6月から。
先生は「なんでもいいから着られるもの全部持ってきたらー?来月から始めよ?」と仰っていましたが、勘弁してー。着られる襦袢がないんだってば(^^;
それにしても新たな楽しみが増えるのって、ほんと楽しいですなv
なにがって、ワタクシのやっすーい化繊の着物ですよ(^^;
先日、古い着物をお店に持ち込んで、仕立て直しが可能かどうか、着物鑑定士さんに見て頂いていたのですが、そこに店員さんが「あびこさーん、できましたよー」
現れたのは化繊のやっすい着物です。正絹と違って手触りゴワゴワ(^^;
練習用だからそれはそれでイイんだけどさー、せっかくイイものを持ち込んで見てもらっていたのに、ナンチャッテを持って来るなーっ。
因みに鑑定士さんは、渋いロマンスグレーでしたのよ。
スラリとした長身に、白いものが多めの髪をサッと後ろに撫で付けて、目尻の皺が優しくて、口ひげが良く似合うイイ男。
ワタクシとそう歳は変わらないと思うけれど、イイ感じに年齢を重ねた男ってのはセクシーだわねえ。
脂ぎった助平オヤジは論外だけど、自分を良く知り、イイ感じに年齢を重ねて来た男は、40、50になっても素敵だと思いません?
今、50代の男がモテルらしいって話し、分かる気がしますよ。
酸いも甘いも噛み分けて、女にも金にも社会的地位にもガッツイてなくて、精神的に余裕があって、時間やお金の使い方がキレイな男はモテルでしょう。
10代、20代の頃は野性味のある男が好きだったけど、その後は粗暴な男はアウトオブ眼中。
なんだろね、品位って言うのかな。優男とかお上品って意味じゃなくて、なんちゅーかこう卑しくない人がスキだなー。
男でも女でも、清々しい人が好きだし、実際に長年付き合っている友人には、そーゆータイプの人が多いです。
学歴なんてなくても構わないのよ。知識とか教養とか、あると思っている人の方が卑しさを感じることもあったりするし。
謙虚な人が好きって言っちゃうと、そーゆーおまえはどうなんだって話しになっちゃうから言えないけどー(^^;
「この人、モテルだろうなあ」とチラリチラリと伺ってしまったのは、別に粉をかけたわけじゃなく、羨ましかったからよ。
男と比べて、女がいい感じに歳を重ねるのは難しい気がするもの。
女は派手なおばちゃんになって行くか、地味なおばちゃんになって行くか、両極端なよーな気がするのね。
いや、派手でもなく地味でもない普通のおばちゃんが圧倒的に多いけどさ。
キレイなおばちゃまになれる人って少ないよね。
それに、どーしても女は年齢と共に素顔を人前で晒せなくなって行くじゃない。
その点、初対面の相手を前にしても、男は素顔勝負。
妙齢の女が鏡に向かえば、「目尻、上がれ!」とアイライナーを握る手に力が入ると言うもの。
ああ、幾つになっても素顔で勝負できる男が羨ましい。
たとえお腹回りが張り出していても「恰幅がいい」とか「貫禄がある」とか、男にはプラス思考のマヤカシ言葉が用意されているじゃないか。
ワタクシに「貫禄あるねえ」なんて言ってごらん。二度と口きいてやらないよ。ぷんぷん。
さて、鑑定してもらった着物は2枚。
1枚は小豆色の色無地。以前、実家からかっぱらってきたよーと画像を掲載した、母のアレです。
コレがなんと、ビックリなことに染め師さん泣かせの高級織りだそうで、鑑定士さん「いい物ですよ」と大絶賛。
だがしかし、なのね。
なんせ大昔の着物なので、元々の反物の幅が狭く、仕立て直すには縫い代があまりにも少ないのだそうですよ。
このまましまっておくには裏地が変色していて、それがいずれ表に響きそうで、そうなったら勿体無いしで、うーんうーんと迷った末に、解いて洗って巻きにしてもらうことに。
「手触りが変化してしまうので、普通の着物のように薄紙を間に挟んだりせずに、そっとそのまま大事に保管して下さい。保管に困っても絶対に捨てないで下さいね」と念を押されてしまいました。
そうかー、そんなにイイものだったのかー。それじゃ発表会用のドレスに作り直してもいいかも。むふふふ。
そう言ったら夫が「自分で縫えば安上がり」だって。
ロングドレスなんて縫ったことないっちゅーの!
それに綿ならともかく絹だよ?失敗したら、それこそ勿体無いっちゅーの!
もう1枚は紬なのですが、鑑定士さんも「大島、じゃないなあ。結城、かなあ?」と首を傾げていた、出自が良く分からないシロモノ。
実は50年ほどしまいっぱなしの上に、一度も袖を通したことのない着物なのですが、糊がしっかり利いてるわりにカビもなく、虫食いもなく、驚異的にイイ保存状態。
「うーむ、これはピレ×ラエースのお陰としか思えんわ」
「今、売ってないでしょう。ソレ使ってアメリカで子どもが爆弾作っちゃいましたからねぇ」
そうなの?
爆弾の原料の残り香に守られていたのか、紬!
保存状態はOKですが、やっぱり合わせが足りなくてねー。このままじゃ着られないのよ。とほほ。
こちらも反物の幅が狭くて、どうにか身幅は出せても、おはしょり分や裄が出ない(胴回りのみならず、ワタシャ腕もビヨーンと長いのよ)と言うことで、生地を足して仕立て直すことにしました。
昔着ていた浴衣も身体に合わないので、やっすい生地を海外ミシン縫製にしてもらって、襦袢も一番安い生地と縫製で作り、なんだーかんだーと結構な出費でしたが、これでようやく一揃いです。
ワタクシばっかり着られる着物が増えて行くってのもナンだなーと思い、夫に聞いてみましたよ。
「あのさー、ワタクシが着付け覚えたら、君も浴衣作って着るかね?」
「うん!」
一瞬の迷いもなく即答する夫に感心したよ。
実家の父の紬を解いて仕立て直そうかなーと思ったね。
中年夫婦が浴衣で夕涼みってのも、なかなかイイんでないかい?
見学に行った着付け教室では、かなり年配の奥様もいらして、ちょっと安心しました。
ワタクシは浴衣、襦袢が仕上がってからになるので、多分6月から。
先生は「なんでもいいから着られるもの全部持ってきたらー?来月から始めよ?」と仰っていましたが、勘弁してー。着られる襦袢がないんだってば(^^;
それにしても新たな楽しみが増えるのって、ほんと楽しいですなv
category:雑記
今朝は雨。昨日はあんなに温かかったのに肌寒っ。
8時に目覚ましが鳴り、窓についてる雨粒を見た瞬間、「二度寝しよ」と決めて布団に潜り直した。
今日は燃えるゴミの収集日だけれど、今週はたいして生ゴミも紙ゴミもない。大丈夫。
日本人の平均睡眠時間は6時間弱だそうだが、世界的統計で見ると少ないらしい。
フランス人の平均睡眠時間は10時間。忙しそうに見えるアメリカ人でも8時間。
過去に「24時間働けますか?ビジネスマン!」なんてCMが流行った日本とは大違い。
欧米人には「寝る時間を削って何かをする」と言う考えはないらしい。
「睡眠時間が削られるくらいなら、そんな仕事は辞める」とまで言う人もいるのだから。
個人契約し自分の仕事をする欧米人と、会社に雇用されていることを強く意識する日本人との違いを感じる。
電車、バス、公園のベンチ、果てはファミレス。日本人はどこでも寝る。寝ている。
特に電車の中での居眠り率の高さは、外国人には信じ難い光景であるらしい。
眠りはプライベートタイムであり、寝顔を赤の他人に見せるなど有り得ない行為、なのだそうだ。
どこでも眠ることができると言うのはだね、言い換えれば睡眠時間の不足分を補っているということだよと言ってみたところで、「おー、まいがっ!」
せめてワタクシだけでも、日本人の平均睡眠時間を延ばすことに貢献しようじゃないかーっ、と言う心意気で貪る惰眠。
二度寝のお陰でフランス人並に睡眠時間を確保したよ。
友人から電話が有り。
「眠れるってことは、それだけ心も体も疲れているんだよ。元気出た?」
今朝8時半に「今、テレビで子宮の話ししてる。見てる?」とメールがあったのだけれど、10時半に「おはよー、今起きた」と恥ずかしい返信をしたものだから、笑いながら電話が来たのだ。
ワタクシから電話することは滅多になく、いつも掛けてもらっちゃってスマナイなーと思うけど、改めて電話するってことが、電話で話すって行為が、妙に照れ臭いワタクシが変なのか?
彼女には下らないバカ話から、家の恥となる話まで、それこそ「ああ、言うつもりじゃなかったのにー」と身悶えしたくなる事を暴露してしまっていたりするので、今更取り繕ったり、格好つける必要もないのだけれど、だからこそ余計に照れ臭いのか?
素っ裸に近い自分を知ってくれている人がいると言うのは、凄く恥ずかしいけれど、どこかホッとするもんだ。
はははは、元気、出たよ。ありがとう。
夫からメール有り。
「来月12日にあるクラシックコンサートチケットを買っちゃった。空いてる?」
空いてるもなにも、なんで買う前に予定を聞かない?
それって平日じゃないか。自分達のコンサート本番直前じゃないか。
東京まで行くのは面倒臭いなー、しんどいなー。でもチケット買っちゃったのか。うーん、行くしかないよね。
しばし考えていると、またチンチロリーンとメール着信。
「午後から年休取って君と上野で待ち合わせ。先に食事してコンサート。帰りに寮に寄って車で家まで送る。翌日、家から出勤。それでOK?」
家から出勤となると朝5時起きだ。彼の方こそシンドイだろーに、なんだ、このデートプラン!
なんだよー、もう、と痒くもない頬を掻く。
「OK」
超短い文章を返信した。
こーゆー嬉し恥ずかしな事が続く日は、なにか無性に文章が書きたくなります。
形にならない断片が次々と湧いて出て弾けます。
ああ、まとまらない。もどかしい。思考力、カムバック!
更年期だから、やる気が出ないから、「ま、いいや」を連発してないで、多少無理矢理でも頑張ってみようと思ったり。
今朝は「雨か、止めとこーかなー」と思ったけれど、夕方から着付け教室見学に行ってきます。
ストレスには別な種類のストレスをぶつけて相殺するのが一番のストレス解消法なのだそうです。
とテレビで精神科医が言っていたけど、ほんとかねー。
くそー、色々ふぁいとだ!
8時に目覚ましが鳴り、窓についてる雨粒を見た瞬間、「二度寝しよ」と決めて布団に潜り直した。
今日は燃えるゴミの収集日だけれど、今週はたいして生ゴミも紙ゴミもない。大丈夫。
日本人の平均睡眠時間は6時間弱だそうだが、世界的統計で見ると少ないらしい。
フランス人の平均睡眠時間は10時間。忙しそうに見えるアメリカ人でも8時間。
過去に「24時間働けますか?ビジネスマン!」なんてCMが流行った日本とは大違い。
欧米人には「寝る時間を削って何かをする」と言う考えはないらしい。
「睡眠時間が削られるくらいなら、そんな仕事は辞める」とまで言う人もいるのだから。
個人契約し自分の仕事をする欧米人と、会社に雇用されていることを強く意識する日本人との違いを感じる。
電車、バス、公園のベンチ、果てはファミレス。日本人はどこでも寝る。寝ている。
特に電車の中での居眠り率の高さは、外国人には信じ難い光景であるらしい。
眠りはプライベートタイムであり、寝顔を赤の他人に見せるなど有り得ない行為、なのだそうだ。
どこでも眠ることができると言うのはだね、言い換えれば睡眠時間の不足分を補っているということだよと言ってみたところで、「おー、まいがっ!」
せめてワタクシだけでも、日本人の平均睡眠時間を延ばすことに貢献しようじゃないかーっ、と言う心意気で貪る惰眠。
二度寝のお陰でフランス人並に睡眠時間を確保したよ。
友人から電話が有り。
「眠れるってことは、それだけ心も体も疲れているんだよ。元気出た?」
今朝8時半に「今、テレビで子宮の話ししてる。見てる?」とメールがあったのだけれど、10時半に「おはよー、今起きた」と恥ずかしい返信をしたものだから、笑いながら電話が来たのだ。
ワタクシから電話することは滅多になく、いつも掛けてもらっちゃってスマナイなーと思うけど、改めて電話するってことが、電話で話すって行為が、妙に照れ臭いワタクシが変なのか?
彼女には下らないバカ話から、家の恥となる話まで、それこそ「ああ、言うつもりじゃなかったのにー」と身悶えしたくなる事を暴露してしまっていたりするので、今更取り繕ったり、格好つける必要もないのだけれど、だからこそ余計に照れ臭いのか?
素っ裸に近い自分を知ってくれている人がいると言うのは、凄く恥ずかしいけれど、どこかホッとするもんだ。
はははは、元気、出たよ。ありがとう。
夫からメール有り。
「来月12日にあるクラシックコンサートチケットを買っちゃった。空いてる?」
空いてるもなにも、なんで買う前に予定を聞かない?
それって平日じゃないか。自分達のコンサート本番直前じゃないか。
東京まで行くのは面倒臭いなー、しんどいなー。でもチケット買っちゃったのか。うーん、行くしかないよね。
しばし考えていると、またチンチロリーンとメール着信。
「午後から年休取って君と上野で待ち合わせ。先に食事してコンサート。帰りに寮に寄って車で家まで送る。翌日、家から出勤。それでOK?」
家から出勤となると朝5時起きだ。彼の方こそシンドイだろーに、なんだ、このデートプラン!
なんだよー、もう、と痒くもない頬を掻く。
「OK」
超短い文章を返信した。
こーゆー嬉し恥ずかしな事が続く日は、なにか無性に文章が書きたくなります。
形にならない断片が次々と湧いて出て弾けます。
ああ、まとまらない。もどかしい。思考力、カムバック!
更年期だから、やる気が出ないから、「ま、いいや」を連発してないで、多少無理矢理でも頑張ってみようと思ったり。
今朝は「雨か、止めとこーかなー」と思ったけれど、夕方から着付け教室見学に行ってきます。
ストレスには別な種類のストレスをぶつけて相殺するのが一番のストレス解消法なのだそうです。
とテレビで精神科医が言っていたけど、ほんとかねー。
くそー、色々ふぁいとだ!
category:雑記
昨日の友人の葬儀は思っていたよりも堪えましたな。
いやいや、大分前から覚悟はしていたのです。覚悟できていたつもりでしたが、きつかった。
それでも、友人は何事にも何者にも捕らわれることなく、ノビノビと自由に生きることができて、満足だっただろうと思います。
死は誰の身にも平等に訪れるものだけれど、それが「いつ」とは分からない。
分からないから、毎日を笑って満足して過ごしたい、過ごさねばと、改めて思いましたよ。
今年は桜の満開の時期が長く、今も散らずに咲き誇っています。
一面桜色に染まる中での別れは、一生忘れられそうにないなあ。
西行法師は「花のよーに美しい人と春に逢瀬を重ねて死んでみたいものだねえ」と歌いましたが、ワタクシは逝く人も残された人も、誰もが寂しくないよーに春爛漫の美しい季節に逝きたいものだ、彼女のようにと思ってしまったわ。
どんなに哀しくても、満開の桜を見上げれば「きれいだ」と呟いてしまうものね。
そして今日は母の誕生日でございます。
去年も一昨年も、母は入院中で祝えなかったので今年こそ…と言うか家族で祝えるのは今年が最後かもしれないし。
父が「家族でご飯を食べに行こう」と言い出したことに乗っかり、76歳の母の誕生日は家族4人で祝ったぞと言う既成事実を欲したのは、50で亡くなった友人のことがチラリと頭を過ぎったせいもあるかも。
近所にそこそこ美味しい中華料理店がありまして、お昼を食べに出かけました。
家から出たがらない母は「食欲ないのに中華なんて脂っこいもの」とゴネましたが、「出かけるわよ」と声を掛ければ、さっき言ったことなど忘れて「なあに、どこへ行くの?」(^^;
父とワタクシ、弟が揃って、「靴はいてちょうだい」と言えば、渋々なのかイソイソなのか、良く分からない表情で付いてくるのだから可愛いもんです。
店では「食べられない」と言う母を無視して、フカヒレラーメンなんぞを注文する父。
「大丈夫なの?」と聞けば、弟がヒソヒソと「口では喰えねえ言ってるけど、食欲はあるんだよ」
それでも「飲茶にして分けない?」と尋ねれば、母曰く「お父さんが頼んだのでいい」
「残してもいいんだからね」と言ったのに、結局フカヒレラーメン一杯、ペロリと食べちゃったのよ!
父の小エビの塩ラーメンも、弟のチャーハンも、ワタクシの飲茶も「それなあに、少しちょうだい」と味見したのよ。凄いわねー。後で吐かなきゃイイけれど(^^;
元から少女のような人でしたが、益々子どものようになってきましたな。
言ってることは支離滅裂で、会話が成り立たないのですが、それなりに適当に相槌をうちながら、和やかに(?)会食は終了。
なにごともなく済んで良かった、良かった。
「いいからワタクシに出させなさいよ」と財布を出そうとする父を制しながら、心の中で「万札持ってて良かったー」と叫んだことも、いつまでも散らない桜を眺めに遠回りしてドライブして帰ったことも、人様のお庭を覗き込み「アレはなんだ。桜か?桃か?」と騒いだことも、いずれイイ思い出になるのよね。しみじみ。
いやいや、大分前から覚悟はしていたのです。覚悟できていたつもりでしたが、きつかった。
それでも、友人は何事にも何者にも捕らわれることなく、ノビノビと自由に生きることができて、満足だっただろうと思います。
死は誰の身にも平等に訪れるものだけれど、それが「いつ」とは分からない。
分からないから、毎日を笑って満足して過ごしたい、過ごさねばと、改めて思いましたよ。
今年は桜の満開の時期が長く、今も散らずに咲き誇っています。
一面桜色に染まる中での別れは、一生忘れられそうにないなあ。
西行法師は「花のよーに美しい人と春に逢瀬を重ねて死んでみたいものだねえ」と歌いましたが、ワタクシは逝く人も残された人も、誰もが寂しくないよーに春爛漫の美しい季節に逝きたいものだ、彼女のようにと思ってしまったわ。
どんなに哀しくても、満開の桜を見上げれば「きれいだ」と呟いてしまうものね。
そして今日は母の誕生日でございます。
去年も一昨年も、母は入院中で祝えなかったので今年こそ…と言うか家族で祝えるのは今年が最後かもしれないし。
父が「家族でご飯を食べに行こう」と言い出したことに乗っかり、76歳の母の誕生日は家族4人で祝ったぞと言う既成事実を欲したのは、50で亡くなった友人のことがチラリと頭を過ぎったせいもあるかも。
近所にそこそこ美味しい中華料理店がありまして、お昼を食べに出かけました。
家から出たがらない母は「食欲ないのに中華なんて脂っこいもの」とゴネましたが、「出かけるわよ」と声を掛ければ、さっき言ったことなど忘れて「なあに、どこへ行くの?」(^^;
父とワタクシ、弟が揃って、「靴はいてちょうだい」と言えば、渋々なのかイソイソなのか、良く分からない表情で付いてくるのだから可愛いもんです。
店では「食べられない」と言う母を無視して、フカヒレラーメンなんぞを注文する父。
「大丈夫なの?」と聞けば、弟がヒソヒソと「口では喰えねえ言ってるけど、食欲はあるんだよ」
それでも「飲茶にして分けない?」と尋ねれば、母曰く「お父さんが頼んだのでいい」
「残してもいいんだからね」と言ったのに、結局フカヒレラーメン一杯、ペロリと食べちゃったのよ!
父の小エビの塩ラーメンも、弟のチャーハンも、ワタクシの飲茶も「それなあに、少しちょうだい」と味見したのよ。凄いわねー。後で吐かなきゃイイけれど(^^;
元から少女のような人でしたが、益々子どものようになってきましたな。
言ってることは支離滅裂で、会話が成り立たないのですが、それなりに適当に相槌をうちながら、和やかに(?)会食は終了。
なにごともなく済んで良かった、良かった。
「いいからワタクシに出させなさいよ」と財布を出そうとする父を制しながら、心の中で「万札持ってて良かったー」と叫んだことも、いつまでも散らない桜を眺めに遠回りしてドライブして帰ったことも、人様のお庭を覗き込み「アレはなんだ。桜か?桃か?」と騒いだことも、いずれイイ思い出になるのよね。しみじみ。
category:雑記
この部屋のどこかにあるはずなのだけれど、見つからない。
二階だったかな。ううん、一階のこの本棚の中にあるはず。見たような記憶がうっすらと残ってるもの。
本棚の中じゃなくて、足元のこの山の中だったかな。それともアッチの山?
あちこちの山を崩しているうちに段々とゲンナリしてくる。
ああ、キチンと分類してキチンと保管しておくべきだった。一目見て、何がどこにあるのか分かる図書館の棚のよーに。
なんの為に図書館司書免許を持っているのだ、ワタクシは!と自分で自分に腹が立つ。
なのに、崩した山を分類することも面倒で、適当にまた突っ込んでしまう。
ワタクシは典型的な片付けられない女なのだ。
整理整頓、掃除なんか大嫌いときたもんだ。
口癖は「人間、埃じゃ死なない!」
そのくせハウスダストのアレルギー持ちなのだから困ったもんだ。
我が家は家族全員が、元あったところに戻すことが出来ない人たちなので、放っておいたら床がどんどん本や物で埋められて見えなくなって行く。
それが分かっているから、週刊誌のような雑誌の類は一切買わないことにしているけれど、それでも通販カタログなんぞの類が山となって行く。
そんな中に文庫本も楽譜も辞書や図鑑や資料も一緒くたに眠っているのだ。
探す気になった時が捨て時、大掃除時なのだけれど、一人でやるのはイヤと来ている。
我ながらホント我がまま。
ここ3、4日、ワタクシが何を探しているのか言うと、少数女声用の楽譜だ。
混声畑にずっと根を生やしていたワタクシは、女声譜をあまり持っていない。
あまりないとか言っても、探せば数10冊ほど出て来るはずだが、混声譜はその数倍あるので埋もれてしまうのだ。
次の演奏会のプログラムにどうだろうかと取り寄せ、目を通したものの、結局使わなかった楽譜がほとんど。
無用の山となっているが、捨てることは出来ない。
楽譜は無料じゃないのだから、捨てるなんて勿体無いこと出来ない。
それにいつか歌う機会が回って来るかもしれないじゃないか。
勿体無い…これが物が溜まっていく原因だと分かっているけれど、自分じゃどーにもならない。
これじゃダメだと思いながらも、時々、取っておいて良かったと思う瞬間がある。
先日も20年ほど前に買ったと思われる楽譜が日の目を見た。
夫が赴任先で入った合唱団さんの演奏会用楽譜も、なんと一冊も買わずに済んだばかりだ。
万歳、取っておいて良かったと思う瞬間だ。
でも、ほーら、家にあって良かったじゃん、今購入したら300円は値上がりしてるもんね、と言い訳してホッとしている自分が少しイヤ。
今探している楽譜も、10年ほど前に購入したはずのものだが、どこへしまいこんだのやら。
曲集になっていればまだイイが、ピース譜だったりすると、探し出すのは至難の業になってしまう。
そして楽譜を探しながら、同時に音源も探そうとしているから大変だ。
楽譜に比べるとCDやテープは数が少ない。
CDは一応、年代、作曲家、ジャンル別に簡単に分類して突っ込んである。
例えば古典ロマン派ならば声楽と器楽に分け、声楽はオペラと独唱、合唱に分け、器楽はピアノ、室内楽、オーケストラに分け、それを作曲家別に分けて…なんてやってると日が暮れてしまうので、かなり適当だ。
モーツァルトなんか声楽もオケもオペラも一緒くたで、なのにナイナイと探していると、なぜかピアノCDのところにポロッと入っていたりする。
それでも数が少ないので(と言っても100枚は下らない)なんとか探し出せるが、楽譜は誰がどう見てもメチャクチャだと言うだろう。
ああ、誰かこの雑然とした本棚を美しく分類して、目録を作ってくれないだろうか。
病気療養中だった友人が亡くなったと訃報連絡がありまして、またしても葬儀に行って参ります。
親世代を亡くすことには慣れたものの、同年代の訃報を聞くと、次はワタクシの番かとビビる年頃となってしまったことに、改めて慄いています。
そして会葬の為にお宅に伺う度に「ああ、家の中、片付けなくちゃ」と痛烈に思うのです。
毎回毎回思うくせに、ちっとも続かないのだけれど。とほほ。
お手伝いさんが雇える身分になりたいよ。
二階だったかな。ううん、一階のこの本棚の中にあるはず。見たような記憶がうっすらと残ってるもの。
本棚の中じゃなくて、足元のこの山の中だったかな。それともアッチの山?
あちこちの山を崩しているうちに段々とゲンナリしてくる。
ああ、キチンと分類してキチンと保管しておくべきだった。一目見て、何がどこにあるのか分かる図書館の棚のよーに。
なんの為に図書館司書免許を持っているのだ、ワタクシは!と自分で自分に腹が立つ。
なのに、崩した山を分類することも面倒で、適当にまた突っ込んでしまう。
ワタクシは典型的な片付けられない女なのだ。
整理整頓、掃除なんか大嫌いときたもんだ。
口癖は「人間、埃じゃ死なない!」
そのくせハウスダストのアレルギー持ちなのだから困ったもんだ。
我が家は家族全員が、元あったところに戻すことが出来ない人たちなので、放っておいたら床がどんどん本や物で埋められて見えなくなって行く。
それが分かっているから、週刊誌のような雑誌の類は一切買わないことにしているけれど、それでも通販カタログなんぞの類が山となって行く。
そんな中に文庫本も楽譜も辞書や図鑑や資料も一緒くたに眠っているのだ。
探す気になった時が捨て時、大掃除時なのだけれど、一人でやるのはイヤと来ている。
我ながらホント我がまま。
ここ3、4日、ワタクシが何を探しているのか言うと、少数女声用の楽譜だ。
混声畑にずっと根を生やしていたワタクシは、女声譜をあまり持っていない。
あまりないとか言っても、探せば数10冊ほど出て来るはずだが、混声譜はその数倍あるので埋もれてしまうのだ。
次の演奏会のプログラムにどうだろうかと取り寄せ、目を通したものの、結局使わなかった楽譜がほとんど。
無用の山となっているが、捨てることは出来ない。
楽譜は無料じゃないのだから、捨てるなんて勿体無いこと出来ない。
それにいつか歌う機会が回って来るかもしれないじゃないか。
勿体無い…これが物が溜まっていく原因だと分かっているけれど、自分じゃどーにもならない。
これじゃダメだと思いながらも、時々、取っておいて良かったと思う瞬間がある。
先日も20年ほど前に買ったと思われる楽譜が日の目を見た。
夫が赴任先で入った合唱団さんの演奏会用楽譜も、なんと一冊も買わずに済んだばかりだ。
万歳、取っておいて良かったと思う瞬間だ。
でも、ほーら、家にあって良かったじゃん、今購入したら300円は値上がりしてるもんね、と言い訳してホッとしている自分が少しイヤ。
今探している楽譜も、10年ほど前に購入したはずのものだが、どこへしまいこんだのやら。
曲集になっていればまだイイが、ピース譜だったりすると、探し出すのは至難の業になってしまう。
そして楽譜を探しながら、同時に音源も探そうとしているから大変だ。
楽譜に比べるとCDやテープは数が少ない。
CDは一応、年代、作曲家、ジャンル別に簡単に分類して突っ込んである。
例えば古典ロマン派ならば声楽と器楽に分け、声楽はオペラと独唱、合唱に分け、器楽はピアノ、室内楽、オーケストラに分け、それを作曲家別に分けて…なんてやってると日が暮れてしまうので、かなり適当だ。
モーツァルトなんか声楽もオケもオペラも一緒くたで、なのにナイナイと探していると、なぜかピアノCDのところにポロッと入っていたりする。
それでも数が少ないので(と言っても100枚は下らない)なんとか探し出せるが、楽譜は誰がどう見てもメチャクチャだと言うだろう。
ああ、誰かこの雑然とした本棚を美しく分類して、目録を作ってくれないだろうか。
病気療養中だった友人が亡くなったと訃報連絡がありまして、またしても葬儀に行って参ります。
親世代を亡くすことには慣れたものの、同年代の訃報を聞くと、次はワタクシの番かとビビる年頃となってしまったことに、改めて慄いています。
そして会葬の為にお宅に伺う度に「ああ、家の中、片付けなくちゃ」と痛烈に思うのです。
毎回毎回思うくせに、ちっとも続かないのだけれど。とほほ。
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