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世界が終わるまで6


ツワリは、妊娠二ヶ月から四ヶ月目の妊婦の多くに起きる。
一般に倦怠感を伴う吐き気が主な症状であり、酸味のあるものを好んで食する
ようになると言われている。
ツワリとは胎内に育ちつつある異物に対する、一種の抗体反応のようなものだと
聞いたことがある。
抗原の侵入を許した時、身体は即座に自己と非自己を識別し、非自己から自己を
守ろうと、抵抗力の獲得に奔走する。
この場合、胎児は明らかに非自己であり、母体である細胞とは全くの別物、
つまり抗原だ。
個体差はあるようだが、たとえどんなに愛した男の子供であろうとも、ツワリは
起きるものらしい。
吐かずにはいられないほどの異物を胎内に抱えて、何故、女は男を許し、
親指にも満たない腹の中の物を愛せるのだろうか。
ツワリが治まる頃には、流産の危険率が大幅に減少することを考えると、
ツワリは抗原である胎児を守り育てる為に、母体が免疫を作り出す過程の
副産物であるという気がしてくる。
あるいは胎児自らが免疫を作り出しているのか。
いずれにしても、俺には胎児が毒以外の何者でもないように思えた。


胃液に喉が焼かれ、吐き出す物が何もない辛さに視界が歪む。
澱んだ熱気が身体に纏わりつき、瞬く間にシャツが汗でビッショリと濡れた。


『外気温が36度越えだとさ。体温と一緒だぞ。死ぬよな』


同じ36度でも気温と水温では体感する不快感の違いが出る。
気温36度は暑過ぎると感じ、水温36度は風呂にするには温過ぎる。
だが、体液だけは別だ。
胎児は体温と同じ36度から37度台の羊水の中でぬくぬくと育つ。


鏡に映った顔は青ざめていた。
なぜ俺が川田に抱かれて来たのか、今なら分かる。
川田がいなかったら、俺はとっくに気が狂っていたか、死んでいたに違いない。
俺にはどうしても川田が必要だったのだ。
無意識のうちに女のように抱かれて縛り付けてやろうとしたのだ。
与えることで、川田を得ようとした。そうとしか思えない。
その結果が、これか。ざまあない。
胎内に抱え込んだ川田は毒を撒き散らし、俺を苦しめ続けるだろう。


そうだ。川田の子供を宿しているのではない。
俺は川田を宿しているのだ。
相容れない生き方に拒絶反応を示しながら、諦めることも断ち切ることもできずに、
身体の奥深くに川田を内包し、離すまい、縛りつけようと足掻く俺に、川田は
毒を吹きかけ、解放を要求しているのではないか。
自己と非自己の確執。
吐き気の正体はツワリだ。

「ハルっ! どうしたっ、大丈夫かっ」

便所に駆け込んで来た川田が、鏡の中の俺を見た。
汗に濡れた髪を額に張り付かせた川田と俺が鏡の中に映っている。

「……なんでもない。ただのツワリだ」
「そっか、良かっ……ねぇよ! ツワリのわけがねぇだろが!」
「いや、ツワリだ。間違いない。何故なら……」

鏡の中の川田が困惑しているらしいのが愉快だった。

「何故なら、昨夜からの吐き気が止まらないうえに、酸味の強い物を身体が
 欲してならないからだ。身に覚えだったらあるぞ」
「身に覚えって……父親は誰なんだ……とでも言うと思ってんのか! ぶん殴るぞ!
 アレじゃないのか、トロとかボケとか言うウィルスが流行っただろう」
「トロでもなければボケでもない。ノロだ」
「そう、それだっ。ノロウィルス!」

ノロ? トロやボケやノロがどうしたと言うのだ。
鏡の中で怒鳴っているのは一体誰なのだろう。
川田は俺の腹の中にいるはずだ。

「おまえは誰だ?」
「ハ、ハル?」
「何故、おまえがそこにいるんだ。おまえの居場所はここじゃないのか」

俺は振り返って川田の手を取ると、自分の腹部に押し当てた。

「ここで毒を振りまいて俺を殺すのだろう?」

川田の目が大きく見開かれる。
一体何をそんなに驚いているのだろう。
不思議に思い、首を傾げた俺は、何かを尋ねるかのように瞬かれた瞳に混乱と
恐怖が交互に現れるのを見て、自分が口にした言葉の意味を反芻し、そこで
ようやく正気に戻った。

「すまない。冗談が過ぎたようだ」

川田の顔をまともに見ることができない。
棒立ちになった川田の脇をすり抜けようとした時、思いもよらず笑みが漏れた。
気が狂ったと思われたかもしれない。いや、とうの昔に狂っているのか。


縋りついて行くなと言うには、俺のプライドは高すぎた。
狂った俺に愛想を尽かして行くのなら、その方がまだマシかもしれない。
いずれ間違いなく行ってしまうのならば、早い方が良いだろう。
ジクジクと時を待つよりも、今すぐ壊してしまえ。
俺の中に残る狂気が、そう告げていた。

続く

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