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世界が終わるまで5


変わり映えのしない平凡な毎日が良い。
バカ殿で知られた俺が「平凡な」と言うと語弊があるかもしれないが、
俺自身は退屈な人間だ。
馬鹿さ加減が普通ではない川田と比べたら、つまらない人間だ。
剣道はもう辞めた。二度とやるつもりはない。
そんな俺と俺の毎日が退屈なものだとしても、落ち着きのない馬鹿が一人傍にいれば、
人生に飽きないだろう。


腰の座りが悪く、ふらふらと歩き回り、何にでも首を突っ込みたがるくせに
細部の詰めが甘い川田には俺が必要だ。
適度なストレスと過剰な刺激を与え続ける川田のお陰で、俺自身は退屈な人間でも、
俺を取り巻く環境は退屈からは程遠い毎日になる。
他人から見ればとても「平凡」には見えないだろうが、俺にとっての日常は
これが当たり前の平凡な毎日なのだ。




翌朝の体調は最悪だった。
眠りが浅いままに、夢ばかり見ていたような気がする。
内容など覚えてはいないが、汗にまみれて何度も飛び起きるような夢が気持ちの
良いものであるはずがなく、スッキリとは程遠い状態で朝を迎えていた。


盆休み明けの初っ端から一講座100分授業という、だるい後期講習開始日は、
講習会とは名ばかりの通常授業枠のせいなのか、それとも全国模試が間近なせいなのか、
さすがにサボる奴など一人もいない。
三学年全員が帰省先から戻って来ていた。
真面目を絵に描いたような櫻井や立花はともかく、川田でさえもが教室から
一歩も出ようとしないのは、クーラーが効いた教室の居心地が良いからだ。

「さっき便所に行ったら事務長に会ったんだけどよ、廊下も相当暑いが、
 外は36度越えだとさ。体温と一緒だぞ、体温と。おい、信じられっか。
 外に出たら死ぬよな。絶対死ぬよな、こりゃ」

おまえが死ぬ、死ぬ連呼するなっ!
それでも昼間は良い。こいつが殺しても絶対に死なないゾンビのような奴に
見えてくるのだから有り難い。
だが、強靭な肉体を以ってしても、たとえ魂は不滅でも、肉体は滅びる。
残念ながら生身の人間は、自転車に轢かれても、打ち所が悪ければ簡単に死ぬのだ。

「本当に殺しても死なない程度に丈夫なら良かったのにな」

昼間だからこんな軽口も叩ける。
昨夜だったらとても口には出せなかっただろう。

「おまえが言うと何度でも殺してやりてぇって言ってるように聴こえんのは、
 俺の気のせいか?」
「ああ、それは良いな。死にたくなったら言ってくれ。俺の手で何度でも殺してやる」

我ながら吐き気がするほど良い案だ。
同じ死ぬなら俺の手で死ねば良い。
勝手に先に逝かれるのは、もう沢山だ。


俺の父方の祖父は、先の大戦で終戦直前に18歳で学徒動員され、新潟に送り込まれている。
大学生だったと言うが、今の俺達と同じ年齢だ。
飛行機整備工場で爆撃された祖父は、戦後60年も経てから、その時に受けた傷が元で、
つい先日片足切断を余儀なくされた。
60年の時間が経過しても尚、戦争の爪痕は祖父の身体を蝕んでいたのだ。


戦火の中で生き残るということは、誰かの命を奪って生きるということだ。
祖父は間接的ながらも「アメリカさんを殺す飛行機を整備しているのだ」と
実感していたと言う。
そのアメリカさんにやられ、祖父は足を失った。
祖父を撃ったパイロットはどうなったのだろうか。
自分が撃った青年が、60年後に足を失うことになろうとは思いもしなかっただろうが、
今も生きているのか、それとも死んだのか、確認する術はない。


米軍のパイロットが憎いかと尋ねた俺に祖父は

「戦時下では仕方のないことだ。俺が整備した爆撃機も誰かの命を奪ったかも
 しれないと考えると胸が詰まる。あの時、一緒に撃たれた仲間のほとんどは死んだ。
 なのに俺は足一本を失くしただけで生かされている。これがどういう意味なのか
 60年経った今でも考えずにはいられない。俺の戦争はまだ終わっちゃいない」

と複雑な表情を見せた。


川田に同じ顔をさせるくらいならば、誰かを殺し、誰かに殺られる前に俺が
この手で殺してやる。


不健康極まりない考えに、またしても吐き気が込み上げて来た。
未だに行方の知れない阿世賀先生の笑顔を思い出していた。あの人は、もう帰らない。
だが、こいつは殺しても死なない。ゴキブリよりも強い生命力に溢れている。大丈夫だ。
たとえ世界中の人間が死に絶えても、こいつだけは生き残る。


そう自分に言い聞かせながら、学食で仕入れて来た天然有機酸2000mg、
国産完熟梅酢入り清涼水で疲れた胃を洗浄しようとした俺の手から、川田が
それを奪い取った。勝手にグビグビと半分以上も飲み干していく。

「すっぺー。なんだよ、これ」
「夏バテ防止だ。梅には殺菌作用もある。おまえはO-157でも死にそうにないがな」
「おまえ、なんか変だぞ。いやに突っかかるじゃねぇか。死ぬ死ぬって縁起でもねぇ」

縁起でもないのはおまえの方だ。
おまえの人生の選択が既に縁起でもないことに気づけ!
繊細な心遣いを要求しようとは思わないが、いい加減そのガサツで無神経な
物言いには辟易する。
殴って躾けることが可能ならば、ボコボコにしてやっているところだ。

「分かったぞ! マタニティブルーだな。妊娠してんだろ。夕べのあれはツワリか。
 だから、んな酸っぱいもんなんか飲んで、イライラしてんだな」

ふざけた川田の台詞に周りはドッと沸いたが、頭を殴られたような気がした。
正にその通りだという気がした。俺は精神的に孕んでいるのだ。
いや、想像妊娠していると言った方が正確なのか。
ギョッとして自分の真っ平らな腹に視線をやり、一向に治まる気配がないどころか、
益々酷くなる吐き気に我慢できず、教室を飛び出した。

「おいっ、高須っ!」

俺を呼ぶ川田の声が、酷く遠くに聴こえたような気がした。

続く

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