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第一実験室を目指して急ぐ俺の前に、突如として現れた瓦礫の山。
今度こそ間違いなく第一実験室へと続く廊下の分岐を三回曲がった先に、それはあった。
壁が崩れるほどの衝撃があったのかと、しばし茫然となる。
爆破の威力にゾッとする気持ちがないではないが、これでまた改築後には実験棟の
迷路化が進むのかと思うと目眩がした。
煤けて汚れた壁、道を塞ぐ岩の山、複雑な迷路とくれば、これはもう立派なダンジョンだ。
このまま文化祭まで状態を保存し、生徒会企画として使用するのも一興だが、果たして
校長が了承するかどうか。
そんなことを考えながら廊下に跪き、下敷きになった者はいないか確認する俺の耳に、
瓦礫の向こう側からゲホゲホと咳き込む音が聴こえた。

「誰かいるのか!」
「ケホン! あー、高須君?」
「鴫原先生、無事ですか」
「大丈夫だよ。ピンピンしてる」

瓦礫の向こう側から聞こえて来る鴫原先生の声は、煙にやられて掠れてはいたが、
比較的元気そうで、この状況下でもノホホンと聞こえる。

「そこに川田はいませんか」
「うん、いますよ。いますけどねぇ」

いるけど、どうした。
まさか負傷して動けないのではあるまいな。
鴫原先生を庇い、崩れ落ちた壁の下になっていることも考えられる。

「川田っ! どうした、返事をしろ!」
「あー、川田くん気を失っちゃってるから返事できないねぇ」
「怪我をしているのですか」
「うーん、出会い頭にぶつかっちゃってね。額にコブくらいはあるかもしれないな。
 見た感じでは、大したことはなさそうだ」

さすが腐っても医者だと言いたいところだが、やっぱりここでもアンタが原因か。

「いやー、いきなり正面衝突しちゃって参った参った」

違う、参っているのは俺の方だ、とは言えないのが少しばかり辛い。
それにしても、実験棟の壁面は通常の設計よりも頑強にできているだけに、崩れても
尚壁として機能しているところが尋常ではない。これでは壁ではなく城砦ではないか。
普段、ここでいかに危険な実験が行われているかが伺い知れるというものだ。
廊下は崩れた壁による瓦礫の山。迂回するにも第一実験室に続く廊下はここだけだ。

「外から回ります。中庭側の窓を開けて貰えますか」
「分かった。川田くんが気を失っちゃったから、私も出るに出られなくて困ってたんで助かるよ」

アンタが困ったさんなのは最初からだろう、と言う言葉を呑み込み「お願いします」と伝える。
来た廊下を引き返し、先ほど開け放った窓に近づくと、反対側で「おーい」と無邪気に
手を振る、もしかすると今すぐ蹴り倒したいかもしれない人物が見えた。


窓から中庭に飛び降り、反対側に急いだ俺は、第一実験室の窓枠に手を掛け覗き込み、
中の意外な様子に驚いた。
廊下の甚大な被害に比べ、実験室の損傷は思ったほどではない。
床に散在した実験道具のほとんどは割れて足の踏み場もないし、一部の窓ガラスは
吹き飛ばされているものの、壁はクラックが入った程度で崩壊を免れているのはなぜだ。

「一体なにがあったのですか」
「うーん、私が打上げ花火を作っていたのは知ってる?」
「企画書を見ました。即刻中止するよう忠告に来たのですが、遅かったみたいですね」

鴫原先生はムッとした表情で「ちゃんと危険物取扱者免許取ったんだけどね」と唇を尖らせた。
免許を取得したのか。まさか、花火のためにか。

「ふん、乙種、丙種とか言うんじゃないでしょうね。それなら俺にも取れる」
「甲種だよ。毒物劇薬取扱者免許だって持ってるし、君が忘れているようだから
 言いますけどね、私は優秀な成績で医学部を卒業しているんだからね」
「知ってますよ。だが、遊びで爆弾を作られては困ります。結果はこの通りじゃないですか」
「あー、まぁ、それを言われると辛いかな」

なにが「辛いかな」だ。ちっとも悪びれた顔などしていないではないか。
戸棚から割れていないビーカーを取り出し、それに水を注ぐとサッサと廊下に出る。
やはりこちらの被害は酷かった。教室側の壁が破壊され、瓦礫と化している。

「酷いな。だが、なぜ火が出なかったんだ」
「ふふん。それはだね、私が開発した特殊火薬のせいなんだ」

また妙なものを開発したな、この困ったさんは。
俺は「導火線から火薬部分に引火した後にだねぇ」と得意満面な笑みを浮かべて説明を
始めた鴫原先生をざっくりと無視し、瓦礫の前で仰向けに大の字で倒れている男を抱き起こした。

「川田、目を覚ませ。傷は浅いぞ。しっかりしろ」

一見したところ額のコブ以外どこにも怪我はないようだったが、精神的ダメージを考慮し、
こんな時のための常套句を口にしてみる。
眉間に皺を寄せ、小鼻を膨らませて唸っている男はとてもセクシーだった。


最愛の叔母をテロで失ったトラウマにも負けず、笑ってレッドゾーンに飛び込んで行った川田。
「絶対に死なない」と無責任なできない約束をする男。
川田、どんなに頑張ったところで、人はいつか、どこかで死ぬのだぞ。
だから、俺の手が届くところで死ぬのだけは止めてくれ。
おまえがいなくなる瞬間を、この目で確認させるのだけは勘弁してくれ。
どうしたって後追いしたくなるだろう。
そんなことをおまえが望むわけがないと分かっていても、こうして来てしまうだろう。
阿世賀先生の時は自分の目で確認することは叶わなかった。
正直に言えば、今でもどこかで生きているのではないかと思うことがある。
空しい夢だと分かっていても、いつか逢えるかもしれないと希望を持ってしまう自分が嫌だ。
どうせいなくなるなら、俺の前で死んでくれれば良かったのにと思ったことすらある。
けれど、それはとんでもない間違いだったと、意識のない川田を見てゾッとする。
あの人に再び逢うには後を追うしかなかった俺を、おまえが傍にいて止めてくれたのに、
おまえを失ったら俺はどうしたら良いのだ。

続く

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