category:小説
煙を吸い込んで地面に転がる生徒達の姿は、10年前の地下鉄爆破テロ事件を彷彿と
させるのに十分だった。
狭いトンネル内に充満した有毒ガスを含む煙は二次災害を引き起こし、本来助かる
はずであった人の命をも奪った。
川田の叔母である美香子さんの命も煙に巻かれて消えたのだ。
「ガキの頃とは違う。自分の意思でできることがある」
そう言って笑った男は、躊躇いもせずに煙の中に飛び込んで行った。
性格だと言ってしまえばそれまでだが、昨日今日の覚悟でできることではない。
身内を爆弾テロで亡くした人間が、そう簡単に爆破の恐怖を克服できるものか。
現になんのトラウマもないはずの俺でさえ、こうして噴煙を上げる建屋を見上げる
だけで身体が震え、足が竦むのだ。
今更ながらに川田の覚悟はとうの昔にできていたことを突きつけられたような気がして、
俺の知らないうちに、俺が思っていた以上に、あいつは自分の道をシッカリと見つけて
いたことが改めてショックだった。
どこが「高校生らしく明るい未来を語る」だ。
川田がSATなんぞに行けば、毎日のように奴の身の安全を願わずにはいられないだろう。
その日を無事に過ごしてくれと祈るだけで精一杯な俺に、明るい未来を夢想する余裕など
あるのか。
煙の中に消えた後姿が最後に見た川田にならないとも限らないことを今更ながらに思い、
指先までもが震えて止まらない、この俺に!
安穏と待つだけの生活を夢見ていられるほど、凡庸な奴を傍に置いた覚えはないはずだ。
あいつがただの猪突猛進バカではないことくらい、とっくに分かっている。
なんのために吐くほど悩んだのだ。悩んだ末に出した答えを忘れたのか?
川田はとっくに覚悟を決めていたというのに、なぜ俺は一人こんなところで祈っている?
ここで祈るだけが俺の成すべきことなのか?
否! 今できること、やるべきことを思い出せ!
爆発音と吹き上げる白煙に、校内に残っていた生徒達が集まりはじめていた。
その連中に茫然自失状態の化学部の生徒達を保健室に連れて行くように指示すると、
携帯を取り出し櫻井を呼び出す。
「櫻井か、俺だ。実験棟の一階で花火が上がった。……そうだ。中にはまだ鴫原先生がいる。
今、川田が中に入ったところだ。……そうか。分かった。急げよ」
ようやく身体中にアドレナリンが駆け巡っていることを実感し、未だ噴煙の上がる
建屋を振り返り見た。
あの中に川田がいる。
無事でいろ。かすり傷一つつけるんじゃない。
SATにでも、どこへでも行けとは言ったが、まだ伝えていない言葉がある。
おまえとの関係がようやく分かりかけたところだというのに、まだどこへも行くな!
俺達の高校生活は、まだ数ヶ月残っているのだ。
道を違えるには早すぎる。
「あのぅ、議長……」
煙を吸い込んで掠れた声の主は、化学部の一年生のようだ。
「どうした。おまえも早く保健室へ行け」
「いえ、怪我はありませんから。さっき川田さんが中に入りましたけど、
大丈夫でしょうか」
おまえに心配されるまでもない。既に俺が十二分に心配してやっているのだ、とは
言えないが「ああ、大丈夫だ」とだけ答える。
だが、一年坊主は申し訳なさそうな顔をすると、とんでもないことを口走った。
「ところどころ壁が崩れて廊下が埋まっちゃって……」
「なにっ!」
壁が崩れた? そこまで破壊力のある爆発物だったのかっ!
またしてもズンと腹に響く地鳴りが響き、実験棟を振り返り見た俺は腕の鳥肌を擦った。
救助に向かったはずの川田が遭難しないと誰が言える。
どうして俺はあいつを一人で行かせたりしたのだ。
「……すぐに櫻井が来る。後のことは櫻井の指示に従え」
「えっ、まさか議長まで中に?」
「櫻井が来たら、俺も中に入ったと伝えろ。いいな」
二階に上がる階段部分の防火壁は、既に閉鎖していると櫻井は言っていた。
川田が入ったことを伝えた時点で、一階部分の防火壁のロックは解除されている。
それが本当ならば、今、障害になるのは煙だけのはずだ。
黒煙が上がっていないことを再度確認した俺は、ハンカチで口元を押さえると建屋へと
飛び込んだ。
続く
させるのに十分だった。
狭いトンネル内に充満した有毒ガスを含む煙は二次災害を引き起こし、本来助かる
はずであった人の命をも奪った。
川田の叔母である美香子さんの命も煙に巻かれて消えたのだ。
「ガキの頃とは違う。自分の意思でできることがある」
そう言って笑った男は、躊躇いもせずに煙の中に飛び込んで行った。
性格だと言ってしまえばそれまでだが、昨日今日の覚悟でできることではない。
身内を爆弾テロで亡くした人間が、そう簡単に爆破の恐怖を克服できるものか。
現になんのトラウマもないはずの俺でさえ、こうして噴煙を上げる建屋を見上げる
だけで身体が震え、足が竦むのだ。
今更ながらに川田の覚悟はとうの昔にできていたことを突きつけられたような気がして、
俺の知らないうちに、俺が思っていた以上に、あいつは自分の道をシッカリと見つけて
いたことが改めてショックだった。
どこが「高校生らしく明るい未来を語る」だ。
川田がSATなんぞに行けば、毎日のように奴の身の安全を願わずにはいられないだろう。
その日を無事に過ごしてくれと祈るだけで精一杯な俺に、明るい未来を夢想する余裕など
あるのか。
煙の中に消えた後姿が最後に見た川田にならないとも限らないことを今更ながらに思い、
指先までもが震えて止まらない、この俺に!
安穏と待つだけの生活を夢見ていられるほど、凡庸な奴を傍に置いた覚えはないはずだ。
あいつがただの猪突猛進バカではないことくらい、とっくに分かっている。
なんのために吐くほど悩んだのだ。悩んだ末に出した答えを忘れたのか?
川田はとっくに覚悟を決めていたというのに、なぜ俺は一人こんなところで祈っている?
ここで祈るだけが俺の成すべきことなのか?
否! 今できること、やるべきことを思い出せ!
爆発音と吹き上げる白煙に、校内に残っていた生徒達が集まりはじめていた。
その連中に茫然自失状態の化学部の生徒達を保健室に連れて行くように指示すると、
携帯を取り出し櫻井を呼び出す。
「櫻井か、俺だ。実験棟の一階で花火が上がった。……そうだ。中にはまだ鴫原先生がいる。
今、川田が中に入ったところだ。……そうか。分かった。急げよ」
ようやく身体中にアドレナリンが駆け巡っていることを実感し、未だ噴煙の上がる
建屋を振り返り見た。
あの中に川田がいる。
無事でいろ。かすり傷一つつけるんじゃない。
SATにでも、どこへでも行けとは言ったが、まだ伝えていない言葉がある。
おまえとの関係がようやく分かりかけたところだというのに、まだどこへも行くな!
俺達の高校生活は、まだ数ヶ月残っているのだ。
道を違えるには早すぎる。
「あのぅ、議長……」
煙を吸い込んで掠れた声の主は、化学部の一年生のようだ。
「どうした。おまえも早く保健室へ行け」
「いえ、怪我はありませんから。さっき川田さんが中に入りましたけど、
大丈夫でしょうか」
おまえに心配されるまでもない。既に俺が十二分に心配してやっているのだ、とは
言えないが「ああ、大丈夫だ」とだけ答える。
だが、一年坊主は申し訳なさそうな顔をすると、とんでもないことを口走った。
「ところどころ壁が崩れて廊下が埋まっちゃって……」
「なにっ!」
壁が崩れた? そこまで破壊力のある爆発物だったのかっ!
またしてもズンと腹に響く地鳴りが響き、実験棟を振り返り見た俺は腕の鳥肌を擦った。
救助に向かったはずの川田が遭難しないと誰が言える。
どうして俺はあいつを一人で行かせたりしたのだ。
「……すぐに櫻井が来る。後のことは櫻井の指示に従え」
「えっ、まさか議長まで中に?」
「櫻井が来たら、俺も中に入ったと伝えろ。いいな」
二階に上がる階段部分の防火壁は、既に閉鎖していると櫻井は言っていた。
川田が入ったことを伝えた時点で、一階部分の防火壁のロックは解除されている。
それが本当ならば、今、障害になるのは煙だけのはずだ。
黒煙が上がっていないことを再度確認した俺は、ハンカチで口元を押さえると建屋へと
飛び込んだ。
続く
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