category:小説
世界が終わるまで10
ふざけた奴だが、情に厚く、真剣に問えば必ず真剣に応じる。
思い込んだが命懸けのうえ猪突猛進。抜いても良いところでは遠慮なく手を抜く。
有言実行型で、人に頼むよりも自分で動いた方が早いタイプだ。
日常に緩急をつけるのが上手く、人生を人一倍楽しんでいる節がある。
無茶無謀な言動は今に始まったことではなく、野獣の異名は決して伊達ではない。
なのに、多少のことは「しようがないな、川田だから」と笑って周りが許してしまう。
なぜか憎めない奴だ。
「そうだな。ああ、俺の親父が警視庁公安にいるのは知ってるよな」
黙ってうなづく俺を確認すると、川田は少しばかり照れたように笑った。
川田の親父さんが刑事だという話は聞いている。
40半ばにして、未だに息子に喧嘩を売っては負け知らずというのも、いかにも
川田の親父さんらしい気がする。
「簡単に言っちまえば、親父の影響なんだろうけどな。
おまえ、地下鉄で起きた爆弾テロを覚えているか。もう10年も前になるか」
10年前の春、カルト集団による地下鉄での爆弾テロがあった。
通勤通学のラッシュアワー時の地下鉄トンネル内での列車爆破は、火災発生と
同時にトンネル内に充満した有毒ガスによる二次災害を引き起こし、死傷者
数百名という前代未聞の大惨事は、日本中を震撼させた。
「あの事件で、親父の妹が死んだんだ。まだ高校生だった」
「おまえの叔母さん……」
川田の親父さんの末の妹さんは、当時高校二年生になったばかり。
齢の近い川田を可愛がってくれ、「まぁくん」「ミカちゃん」と呼び合い、
姉弟のように育ったのだそうだ。
美香子さんは、通学のために毎日利用していた地下鉄で事件に巻き込まれた。
「親父は既に公安にいたからな。現場に借り出され、捜査にも当たったらしい。
何日も家に帰らず、ミカちゃんを殺したホシを挙げる為に走り回っていたよ。
警察は事が起こってから動いていたんじゃ遅い、事件が起きる前に阻止するのが
仕事なのに、妹を助けてやれなかったってな」
身内を殺された刑事は見るも無残だと聞いたことがある。
法の番人でありながら愛する者を守りきれなかった口惜しさと、法の番人だから
こそ黙して語れない理不尽さに引き裂かれる痛みは、想像を絶する。
「亡くなった美香子さんのことが理由なのか」
「あー、いや、違う。切っ掛けみたいなもんだとは思うけどな」
「?」
自分を可愛がってくれていた叔母が、テロに巻き込まれ非業の死を遂げた。
一般市民を巻き込む、無差別な暴力に訴える組織が許せないというのは、
十分な理由になり得るのではないのか。
「あの事件な、警察じゃ予測していたんだよ」
「なにっ……」
「ただ、いつ起きるかまでは正確に掴めなかったらしい。勿論、小学校に入った
ばかりのガキに親父がンなこた言うわけがねぇ。親父の様子や仲間の刑事達の
話から、後になって勝手に俺が推測したんだが、多分、間違いねぇ。
あと一歩のとこまで追い込みながら、お上が動かなかったんだ」
それが本当ならば由々しき問題だ。
大惨事になると分かっていながら、手をこまねいて見ていた警察の責任問題に
発展しかねない。ましてや妹を見殺しにされた親父さんの憤り、焦燥感は
察するに余りある。
「家に来る刑事の連中は、みんな憔悴しきっていたよ。自分達の不甲斐無さに、
警察のお役所仕事ぶりにな」
「…………」
「警察を中から変えてやろうと思った。だが、これも切っ掛けに過ぎない」
川田も大切な人を失っていたという初めて聞く事実に、俺は打ちのめされていた。
俺と同じ慟哭を既に知っていたからなのか。
そうだ。こいつは自分勝手で人の機微に疎いようでいながら、妙に情に厚い
ところがある。
だから、壊れかけていた俺を放って置けなかったのだろうか。
ところが、
「あー、なんだ。すっげぇ単純な理由なんだよな」
そう言うと、あろうことか川田の奴はニヤッと笑ったのだ。
何故そこで笑う! 笑うような場面か、ここは!
仲の良かった叔母をテロで亡くし、腐敗した警察組織の変革を誓っての
ことではないのか!
理不尽な人の死が許せないのだろう?
何の非も無い人間が、テロに巻き込まれるのが許せないのではないのか?
俺は許せない。だから弁護士になるのだっ。
阿世賀先生が死んだ飛行機事故も、今いち不透明なまま強引に示談にされてしまった。
俺が弁護士になろうと思ったのは、あの事故があったからだ。
あれが許せないだの、これが気に入らないだの、気に入っただのと滅多に口に
することはないが、実は結構、俺の正義感と常識は強かったりするのだ。
だから、強きを挫き、弱きを助きつつ、国を相手に堅実な商売をする弁護士になる!
そのために必死で勉強した。ドン底に近い成績が飛躍的に伸びたのは、阿世賀
先生の死を無駄にしたくなかったからだ。
そして、おまえは親父さんの志を継ぐのではなかったのかっ!
不意に川田の両手が俺の頬を挟んで引き寄せた。
「なんだ、なにをする!」
「おまえだよ。おまえが理由だ」
続く
ふざけた奴だが、情に厚く、真剣に問えば必ず真剣に応じる。
思い込んだが命懸けのうえ猪突猛進。抜いても良いところでは遠慮なく手を抜く。
有言実行型で、人に頼むよりも自分で動いた方が早いタイプだ。
日常に緩急をつけるのが上手く、人生を人一倍楽しんでいる節がある。
無茶無謀な言動は今に始まったことではなく、野獣の異名は決して伊達ではない。
なのに、多少のことは「しようがないな、川田だから」と笑って周りが許してしまう。
なぜか憎めない奴だ。
「そうだな。ああ、俺の親父が警視庁公安にいるのは知ってるよな」
黙ってうなづく俺を確認すると、川田は少しばかり照れたように笑った。
川田の親父さんが刑事だという話は聞いている。
40半ばにして、未だに息子に喧嘩を売っては負け知らずというのも、いかにも
川田の親父さんらしい気がする。
「簡単に言っちまえば、親父の影響なんだろうけどな。
おまえ、地下鉄で起きた爆弾テロを覚えているか。もう10年も前になるか」
10年前の春、カルト集団による地下鉄での爆弾テロがあった。
通勤通学のラッシュアワー時の地下鉄トンネル内での列車爆破は、火災発生と
同時にトンネル内に充満した有毒ガスによる二次災害を引き起こし、死傷者
数百名という前代未聞の大惨事は、日本中を震撼させた。
「あの事件で、親父の妹が死んだんだ。まだ高校生だった」
「おまえの叔母さん……」
川田の親父さんの末の妹さんは、当時高校二年生になったばかり。
齢の近い川田を可愛がってくれ、「まぁくん」「ミカちゃん」と呼び合い、
姉弟のように育ったのだそうだ。
美香子さんは、通学のために毎日利用していた地下鉄で事件に巻き込まれた。
「親父は既に公安にいたからな。現場に借り出され、捜査にも当たったらしい。
何日も家に帰らず、ミカちゃんを殺したホシを挙げる為に走り回っていたよ。
警察は事が起こってから動いていたんじゃ遅い、事件が起きる前に阻止するのが
仕事なのに、妹を助けてやれなかったってな」
身内を殺された刑事は見るも無残だと聞いたことがある。
法の番人でありながら愛する者を守りきれなかった口惜しさと、法の番人だから
こそ黙して語れない理不尽さに引き裂かれる痛みは、想像を絶する。
「亡くなった美香子さんのことが理由なのか」
「あー、いや、違う。切っ掛けみたいなもんだとは思うけどな」
「?」
自分を可愛がってくれていた叔母が、テロに巻き込まれ非業の死を遂げた。
一般市民を巻き込む、無差別な暴力に訴える組織が許せないというのは、
十分な理由になり得るのではないのか。
「あの事件な、警察じゃ予測していたんだよ」
「なにっ……」
「ただ、いつ起きるかまでは正確に掴めなかったらしい。勿論、小学校に入った
ばかりのガキに親父がンなこた言うわけがねぇ。親父の様子や仲間の刑事達の
話から、後になって勝手に俺が推測したんだが、多分、間違いねぇ。
あと一歩のとこまで追い込みながら、お上が動かなかったんだ」
それが本当ならば由々しき問題だ。
大惨事になると分かっていながら、手をこまねいて見ていた警察の責任問題に
発展しかねない。ましてや妹を見殺しにされた親父さんの憤り、焦燥感は
察するに余りある。
「家に来る刑事の連中は、みんな憔悴しきっていたよ。自分達の不甲斐無さに、
警察のお役所仕事ぶりにな」
「…………」
「警察を中から変えてやろうと思った。だが、これも切っ掛けに過ぎない」
川田も大切な人を失っていたという初めて聞く事実に、俺は打ちのめされていた。
俺と同じ慟哭を既に知っていたからなのか。
そうだ。こいつは自分勝手で人の機微に疎いようでいながら、妙に情に厚い
ところがある。
だから、壊れかけていた俺を放って置けなかったのだろうか。
ところが、
「あー、なんだ。すっげぇ単純な理由なんだよな」
そう言うと、あろうことか川田の奴はニヤッと笑ったのだ。
何故そこで笑う! 笑うような場面か、ここは!
仲の良かった叔母をテロで亡くし、腐敗した警察組織の変革を誓っての
ことではないのか!
理不尽な人の死が許せないのだろう?
何の非も無い人間が、テロに巻き込まれるのが許せないのではないのか?
俺は許せない。だから弁護士になるのだっ。
阿世賀先生が死んだ飛行機事故も、今いち不透明なまま強引に示談にされてしまった。
俺が弁護士になろうと思ったのは、あの事故があったからだ。
あれが許せないだの、これが気に入らないだの、気に入っただのと滅多に口に
することはないが、実は結構、俺の正義感と常識は強かったりするのだ。
だから、強きを挫き、弱きを助きつつ、国を相手に堅実な商売をする弁護士になる!
そのために必死で勉強した。ドン底に近い成績が飛躍的に伸びたのは、阿世賀
先生の死を無駄にしたくなかったからだ。
そして、おまえは親父さんの志を継ぐのではなかったのかっ!
不意に川田の両手が俺の頬を挟んで引き寄せた。
「なんだ、なにをする!」
「おまえだよ。おまえが理由だ」
続く
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