category:小説
いわゆる警察官と呼ばれる職業に従事する人間は、この日本に約26万人いる。
この26万人の警察官のうちのほとんどが地方公務員試験に合格した者達で、
国家公務員?種であるキャリアと区別する意味でノンキャリアと呼ばれている。
そのうち、一般に「お巡りさん」と呼ばれる外務警察官は約8万人。
一方、キャリアとノンキャリアの確執、軋轢を緩和させる目的で後から設置
されたと言われる、国家公務員?種試験を通った200人余り準キャリアのほと
んどは技術者で、普段は私服の上に白衣を羽織り、研究所関係に籠もってい
ることが多いと聞く。
ではキャリアはと言えば、全国に500人もいないはずだ。
たったの500人余り。ほんの一握りのエリート。それがキャリアだ。
全ての警察官のトップに君臨するのは警察庁長官だ。
だが、警察庁長官は階級ではなく職名のため、実質上の警察機構のトップは
警視庁の長である警視庁総監である。
警察機構は完全なピラミッド型の階級身分制を形勢しているのだ。
階級社会の常であるように、警察も底辺の仕事が一番キツイ。
TVドラマでお馴染みの刑事達による犯人捜査、あるいは要人擁護、交通整
理などばかりが一般的に知られているが、仕事はそんな単純なものではない。
繁華街にある交番などを訪ねれば分かることだが、拾得物処理、道案内、
酔っ払いや迷子の世話、挙句の果ては夫婦喧嘩の仲裁まで、驚くほど広範囲
に渡る仕事内容は「よろず相談所」と言った様相を見せる。
多くの警察官は、市民の苦情処理に振り回される毎日だと言っても過言ではない。
だが、この底辺を支える外務警察官が、実は一番尊い存在だ。
頻繁に市民と接触する交通警察を除き、一番多く、深く地域住民と密接に
関わっている「お巡りさん」が、本当は一番偉いのだ。
しかし、川田が目指している場所はそこではない。
警視庁特殊急襲部隊。あるいは自衛隊特殊部隊か。
特殊部隊に入隊すると、警察官名簿から名前が削除される。
名前は無論、顔、経歴、所属部署等の一切が国に保護されるのは、隊員を
テロ組織から守るためだと言われている。
そのため、たとえ同期であっても、SATに所属しているメンバー以外は、
今現在、そいつがどこで何をしているか、誰も知らないらしい。
まるで幽霊の武装集団だ。
もしも川田がSATに入れば、そうそう簡単に逢うことは叶わないだろう。
「なぁ、本気なのか」
「くどい。同じことを何度も聞くな」
9月になり、いつもと変わらぬ日常が繰り返されていた。
ただひとつ以前と違うのは、未来について川田と語る機会が増えたことくら
いだろうか。
語ると言ったところで、川田が恐る恐る説得に来るのを俺が撥ね付けるだけ
なのだが。
「弁護士になりゃ良いじゃねぇか。なぁ、そうしろよ」
「まだ分からないと言っているだろう。選択肢を増やしただけだ。なにが悪い」
「悪いかって言われると、悪かねぇけどなぁ」
俺の部屋に臭い防具を持ち込み、手入れををしていた川田の手が止まる。
「弁護士の方が向いてるって。自分でもデスクワーク向けだって分かって
んだろ?」
「そうでもない。元々、俺は官僚向けの性格だからな、警察庁長官だの防衛
庁事務次官だのが似合うとは思わないか。高須警察庁長官……良い響きだ」
ここ数年の警察人気には目を見張るものがある。
今や大蔵省を抜いて一番人気、?種合格のトップクラスがゾックリと警察に
入っているそうだが、素人目にも分かりやすく、国民を守るという具体的な
仕事であり、出世が早く、若くして現場指揮官に就き、人に頭を下げること
も少ない職業というのは、それだけ魅力的ということなのだろう。
どの世界に入ろうとも、どうせならば気持ち良くトップを目指したい。
俺は川田と違い、底辺から這い上がろうなどという手間は掛けない。
最短距離で目標に到達するために、合理的、且つ最も効果的であろう道を
選択する。
在学中に司法試験に通ってしまえば、?種採用試験でも最難関と言われる
「法律部門」もそう怖くはない。目指すは一桁合格だ。
「司法試験は受ける。一発合格とまでは言わんが、長い目で見れば一、二年
の遅れは遅れのうちに入らんだろう。言っておくが、おまえの邪魔をする
つもりはないから安心しておけ」
「ったくよぉ、黙って俺に寄り掛かってりゃ可愛い気もあるってもんだろが」
「なにか言ったか」
「いいや、なんでもねぇよ」
俺がキャリアで警察庁のトップを目指すと宣言したことが、川田にとって
吉と出るか、それとも凶と出るか。結果は四年後のお楽しみと言ったところだ。
地方公務員の警官では、まず順調にコンスタントな昇進は無理だ。
「ノンキャリアが30歳前後で警部になれる」というのは、ノンキャリアが
最速昇任した場合の仮定範疇を抜けず、警察官採用パンフレットの中だけの
夢の世界だ。
実際は40過ぎで警部になれるかどうか。それでもトントン拍子に、とは言い
難いらしい。
40歳のキャリアは間違いなく警視長になっているだろう。
川田のプライドの高さから言って、川田が警部で俺が警視長だなどと言う
事実は、到底許せるはずがない。
実際に川田が高卒で警察に就職するはずはなく、本年度インターハイ団体戦
優勝オーダーの大将である肩書きと個人戦準優勝の銘をかざし、剣道をやる
ために堂々と大学に行くだろう。
既に幾つかの大学からオファーが来ていると聞いた。
警察の門を叩くにしても、当然その方が有利であることが分からない奴ではない。
故にペエペエの巡査からスタートするとは思ってはいないが、こいつは本当に
バカだから、下手をすると意地になって底辺からトップを狙いかねないところがある。
取り扱いには要注意人物だ。
「高須警察庁長官ねぇ。高須最高裁裁判官の方が似合うんじゃねぇか」
「さぁな」
続く
この26万人の警察官のうちのほとんどが地方公務員試験に合格した者達で、
国家公務員?種であるキャリアと区別する意味でノンキャリアと呼ばれている。
そのうち、一般に「お巡りさん」と呼ばれる外務警察官は約8万人。
一方、キャリアとノンキャリアの確執、軋轢を緩和させる目的で後から設置
されたと言われる、国家公務員?種試験を通った200人余り準キャリアのほと
んどは技術者で、普段は私服の上に白衣を羽織り、研究所関係に籠もってい
ることが多いと聞く。
ではキャリアはと言えば、全国に500人もいないはずだ。
たったの500人余り。ほんの一握りのエリート。それがキャリアだ。
全ての警察官のトップに君臨するのは警察庁長官だ。
だが、警察庁長官は階級ではなく職名のため、実質上の警察機構のトップは
警視庁の長である警視庁総監である。
警察機構は完全なピラミッド型の階級身分制を形勢しているのだ。
階級社会の常であるように、警察も底辺の仕事が一番キツイ。
TVドラマでお馴染みの刑事達による犯人捜査、あるいは要人擁護、交通整
理などばかりが一般的に知られているが、仕事はそんな単純なものではない。
繁華街にある交番などを訪ねれば分かることだが、拾得物処理、道案内、
酔っ払いや迷子の世話、挙句の果ては夫婦喧嘩の仲裁まで、驚くほど広範囲
に渡る仕事内容は「よろず相談所」と言った様相を見せる。
多くの警察官は、市民の苦情処理に振り回される毎日だと言っても過言ではない。
だが、この底辺を支える外務警察官が、実は一番尊い存在だ。
頻繁に市民と接触する交通警察を除き、一番多く、深く地域住民と密接に
関わっている「お巡りさん」が、本当は一番偉いのだ。
しかし、川田が目指している場所はそこではない。
警視庁特殊急襲部隊。あるいは自衛隊特殊部隊か。
特殊部隊に入隊すると、警察官名簿から名前が削除される。
名前は無論、顔、経歴、所属部署等の一切が国に保護されるのは、隊員を
テロ組織から守るためだと言われている。
そのため、たとえ同期であっても、SATに所属しているメンバー以外は、
今現在、そいつがどこで何をしているか、誰も知らないらしい。
まるで幽霊の武装集団だ。
もしも川田がSATに入れば、そうそう簡単に逢うことは叶わないだろう。
「なぁ、本気なのか」
「くどい。同じことを何度も聞くな」
9月になり、いつもと変わらぬ日常が繰り返されていた。
ただひとつ以前と違うのは、未来について川田と語る機会が増えたことくら
いだろうか。
語ると言ったところで、川田が恐る恐る説得に来るのを俺が撥ね付けるだけ
なのだが。
「弁護士になりゃ良いじゃねぇか。なぁ、そうしろよ」
「まだ分からないと言っているだろう。選択肢を増やしただけだ。なにが悪い」
「悪いかって言われると、悪かねぇけどなぁ」
俺の部屋に臭い防具を持ち込み、手入れををしていた川田の手が止まる。
「弁護士の方が向いてるって。自分でもデスクワーク向けだって分かって
んだろ?」
「そうでもない。元々、俺は官僚向けの性格だからな、警察庁長官だの防衛
庁事務次官だのが似合うとは思わないか。高須警察庁長官……良い響きだ」
ここ数年の警察人気には目を見張るものがある。
今や大蔵省を抜いて一番人気、?種合格のトップクラスがゾックリと警察に
入っているそうだが、素人目にも分かりやすく、国民を守るという具体的な
仕事であり、出世が早く、若くして現場指揮官に就き、人に頭を下げること
も少ない職業というのは、それだけ魅力的ということなのだろう。
どの世界に入ろうとも、どうせならば気持ち良くトップを目指したい。
俺は川田と違い、底辺から這い上がろうなどという手間は掛けない。
最短距離で目標に到達するために、合理的、且つ最も効果的であろう道を
選択する。
在学中に司法試験に通ってしまえば、?種採用試験でも最難関と言われる
「法律部門」もそう怖くはない。目指すは一桁合格だ。
「司法試験は受ける。一発合格とまでは言わんが、長い目で見れば一、二年
の遅れは遅れのうちに入らんだろう。言っておくが、おまえの邪魔をする
つもりはないから安心しておけ」
「ったくよぉ、黙って俺に寄り掛かってりゃ可愛い気もあるってもんだろが」
「なにか言ったか」
「いいや、なんでもねぇよ」
俺がキャリアで警察庁のトップを目指すと宣言したことが、川田にとって
吉と出るか、それとも凶と出るか。結果は四年後のお楽しみと言ったところだ。
地方公務員の警官では、まず順調にコンスタントな昇進は無理だ。
「ノンキャリアが30歳前後で警部になれる」というのは、ノンキャリアが
最速昇任した場合の仮定範疇を抜けず、警察官採用パンフレットの中だけの
夢の世界だ。
実際は40過ぎで警部になれるかどうか。それでもトントン拍子に、とは言い
難いらしい。
40歳のキャリアは間違いなく警視長になっているだろう。
川田のプライドの高さから言って、川田が警部で俺が警視長だなどと言う
事実は、到底許せるはずがない。
実際に川田が高卒で警察に就職するはずはなく、本年度インターハイ団体戦
優勝オーダーの大将である肩書きと個人戦準優勝の銘をかざし、剣道をやる
ために堂々と大学に行くだろう。
既に幾つかの大学からオファーが来ていると聞いた。
警察の門を叩くにしても、当然その方が有利であることが分からない奴ではない。
故にペエペエの巡査からスタートするとは思ってはいないが、こいつは本当に
バカだから、下手をすると意地になって底辺からトップを狙いかねないところがある。
取り扱いには要注意人物だ。
「高須警察庁長官ねぇ。高須最高裁裁判官の方が似合うんじゃねぇか」
「さぁな」
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